可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 竹内公太個展『盲目の爆弾』

展覧会『竹内公太「盲目の爆弾」』を鑑賞しての備忘録
SNOW Contemporaryにて、2019年3月8日~4月14日。

竹内公太による、風船爆弾に関する調査に基づいた作品展。

風船爆弾は、太平洋戦争末期に日本軍が開発、アメリカへ放球した兵器。竹内は、アメリカの公文書等を調査して写真などに記録した上、実際に着弾した各地の現場に足を運び、ドローンを用いて風船爆弾の落下過程を想定復元した。日本国内の「放球地」調査の結果も合わせて紹介されている。学術的な報告としても十二分に価値があるだろう。のみならず、気鋭の美術家として《盲目の爆弾、コウモリの方法》と題した映像作品に仕立てる際、コウモリにナレーターを務めさせ、妖怪「手の目」を登場させるなどの脚色を加え、美術作品へと昇華させている。

竹内は「予想以上に多くの目撃者がいた事、詳しい着弾場所がわかることに驚」いたと記すが、風船爆弾を"paper"(よく用いられる一般名詞だ)と呼ぶなど、機密扱いのため(本土攻撃を受けたことを秘匿する必要があっただろう)、文書の検索自体がけっして容易ではなかったのではないか。しかも、インタヴューに応じた風船爆弾の目撃者が「20年遅かった」と述べるように、存命の証言者の数は少なくなっており、現場の
特定も難しくなっていただろう。

コウモリは超音波を用いて暗闇でも自在に飛び回ることができる。超音波の反射を利用して状況を把握しているのだ。竹内はコウモリのように、かつて放たれた音波の反射として、かつて行われた軍事行動に対する反応(リアクション)を丹念に追うことで、視覚では捉えることが難しくなった事実を浮かび上がらせようとしている。と同時に、プラトンの「洞窟の比喩」よろしく、洞窟の中で影を追いかけ(インターネットを通じて情報を得)、人々の出す声(インターネットで検索した意見)で思い込みを強化する現代の人々への揶揄とも捉えることがで。竹内は実際に現地に足を運んでいる。鑑賞者である私は、ただ竹内の制作した映像を見ているだけである。
妖怪「手の目」を起用するのも、コウモリ同様、視覚では見えなくなったことを他の感覚で捉え、「手目を上げ」よう(悪事を暴こう)とする作者の姿勢を示しているのだろう。

《盲目の爆弾、コウモリの方法》では、鉢巻を頭に巻いた女性が風船爆弾の製造に従事している姿が映し出される。そして、映画館の写真に切り替わり、風船爆弾の成功に熱狂した人々の存在を伝える(なお実際の犠牲者の数は「フェイク」であった)。どこに着弾するか分からない爆弾が命中したと喚起する人々。

風船爆弾の犠牲者は、釣りに向かう少年たちと妊娠中の女性であった。

爆弾は盲目である。爆弾を放つ者も、着弾を喜ぶ者もまた盲目である。

風船爆弾は、放球前、点検作業中、発射準備中に既に犠牲者を出していた。そのこともまた着弾に熱狂した人々は知るよしもない。