可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『愛がなんだ』

映画『愛がなんだ』を鑑賞しての備忘録
2019年の日本映画。
監督は、今泉力哉
脚本は、澤井香織と今泉力哉
原作は、角田光代の小説『愛がなんだ』。

会社員の山田てる子(岸井ゆきの)は、上司に呼ばれ、最近の仕事の
遅滞やミスの多さを咎められる。だが、今、てる子にとっては、「マモちゃん」と呼ぶ田中守(成田凌)のことしか頭にない。新婦の友人の友人として参加した結婚式の二次会で退屈していたとき、同じ境遇のマモちゃんに声をかけられたのが彼との出会いだった。それ以来、マモちゃんからの電話を待ち、呼ばれればいつでもどこへでも飛んでいった。ある晩、家に着くと、マモちゃんから電話があり、体調を崩してしまって身動きがとれないので、まだ職場にいるなら買い出しをして立ち寄ってくれないかと言う。てる子はちょうど職場を出るところだったと喜んでマモちゃんの部屋に向かい、みそ煮込みうどんをつくり、ゴミを分別し、風呂を掃除する。だが、嬉々として甲斐甲斐しく振る舞うてる子に、マモちゃんは今すぐ帰って欲しいとてる子のかばんを突き出す。深夜に追い出されたてる子には、終電もなく、持ち合わせもない。代田にあるマモちゃんのマンションから歩いて家に向かっていると、「高井戸」の標識が目に入り、友人の葉子(深川麻衣)の実家が近いことに気が付く。てる子に助けを求められた葉子は、タクシーで家に向かうよう指示し、泊っていた中原(若葉竜也)にてる子の出迎えとビールの買い出しを頼む。中原は財布とビールをてる子に差し出すと、葉子の家には戻らずに立ち去ってしまう。てる子を出迎えた葉子は、てる子を冷たくあしらうマモちゃんの態度を非難するが、かえっててる子はマモちゃんに非はないと反論する。その後、しばらく音沙汰の無かったマモちゃんから食事しないかと誘われる。夕食をしっかりとっていたことなど忘れ、てる子は居酒屋に駆けつける。先日のお礼として何でもご馳走すると言われたてる子は、揚げナスなどとともに焼酎を瓶で頼もうとするが、酔うと面倒だと焼酎のロックにされてしまう。店を出ると、空は白み、雨が降っている。山田さんと飲むといつも朝になってしまうと憎まれ口をきかれるてる子。店の軒先に佇んでいると、折良くタクシーを停めることができたマモちゃんは、さっさとタクシーに乗ってしまう。だが、うちに酔っていけばと声をかけられ、手招きされたてる子は、夢心地でいそいそとタクシーに乗り込むのだった。

 

出会いの際、名前を聞いた田中が「テルちゃん」だと言ったのに対して、てる子は「マモちゃん」だと返す。だが、田中はてる子のことを「テルちゃん」とは呼ばずに「山田さん」と呼ぶ。そこに2人の感情の非対称性が表されている。

20代後半の恋愛は何となく始まるものというてる子の独白には、自らの曖昧な立場を「彼女」に位置づけようという意図が透けている。

自分の好きな人のこと以外はどうでもよくなるというてる子に対し、結婚を控えた同僚(穂志もえか)は、自分は本当の恋愛をしてきたのかと自問しつつ、自分のこともどうでもよくなってしまうのかという核心を突いた問いをてる子に投げかける。この問いはうやむやにされてしまうのだが、かえってこの問いは作中で漂い続けることになる。

葉子と中原との関係が、マモちゃんとてる子との関係と相似している。そして、中原が葉子との関係を改めることで、その頃にはすっかりてる子の感情・行動に馴染んでしまっている観客に、てる子とマモちゃんとの関係の特殊性を改めて認識させる。

葉子の父と母(筒井真理子)との関係が、葉子と中原との関係に転移していることをてる子は見抜いている。他人の問題は認識できるのに、自分の問題は分からないものだ。

塚越すみれ、否、江口のりこはずるい。対抗するにはパスタを作るしかないか。

田中が自らの容貌を自己評価する科白があって、格好良い男とそうでない男とに二分したら後者に分類されるという。それなら成田凌はミスキャストだろうと一瞬怒りが過ぎったが、てる子がどうしようもなく惹かれてしまう必然性そのものを表現していると考えればと冷静さを取り戻すことにした。

「私は田中守になれない」というような、恋愛対象と自己とを一致させたいというような科白は原作にもあるものなのだろうか。この科白を踏まえたラストシーンは秀逸だ。

愛が何なのかなど分かるものか。たとえ歪でも、その問いに自分なりの答えを必死に探そうとする姿にうたれ、励まされる。それが本作の魅力か。

若い女性の観客が多かった。そして、終映後すぐに、彼女たちが思い思いに感想を述べ合っているのがとても良かった。それだけでも、この映画が成功していることの証しだと思う。