可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

舞台 iaku『あつい胸さわぎ』

舞台 iaku『あつい胸さわぎ』を鑑賞しての備忘録
こまばアゴラ劇場にて、2019年9月13日~23日。
作・演出は横山拓也

 

武藤千夏(辻凪子)は関西にある芸術大学の文芸学科に合格した。出産して間もなく離婚し、生地商社に勤務しながら女手一つで千夏を育ててきたた昭子(枝元萌)は、娘を大学にまでやれたことに感慨一入だ。大学の初年度納付金130万円はしんどいが、これまで通り倹しく暮らせば何とかなるだろう。入学式前日にもかかわらず夜10時をまわって帰宅した千夏を心配する昭子は、明日の用意からはじまって食事や部屋の片付けなど、ついあれこれと小言を言ってしまう。千夏が文芸の道を志したきっかけに昭子の同僚・花内透子(橋爪未萠里)の存在があった。姉のように慕ってきた透子から、千夏は本やマンガをいろいろと貸してもらってきたのだ。高校生になってからは、千夏が透子にお薦めのパン屋を紹介したりもしている。そして、大学選びの決め手は、中学校までをともにした幼馴染み「こうちゃん」こと川柳光輝(田中亨)だった。母子家庭の千夏は、同じマンションに住む光輝の家によく預けられ、二人は兄妹のように成長した。だが中学時代には言葉を交わすこともほとんどなくなり、遠くの高校に進学した光輝と顔を合わせる機会はなくなっていた。その光輝が同じ大学の演劇学科に進学したのだ。昭子に言わせればシュッとした男前になった「こうちゃん」のことを、千夏は物心が付いたときからずっと意識していた。とりわけ中学時代に、胸が大きくなったと光輝に突然指摘されたことは、千夏にとって忘れられない出来事だった。ある日の朝、光輝と鉢合わせた千夏は、光輝から出演舞台『フォルスタッフは汗をかく』のチラシを受け取る。嬉しさのあまり動揺を隠しきれない千夏は、光輝と同じバスに乗ることさえできず、本当は一瞬でも長く一緒にいたいのに、忘れ物があるからといって光輝と別れてしまう。昭子に透子からシェイクスピアの『ヘンリー四世』を借りるよう頼むが、昭子には何のことだか分からない。結局、千夏は透子と直接会って話すことにする。千夏が大学の創作実習で自身の初恋をもとに創作する課題が出されたことを話すと、透子は千夏の経験を聞き出し、それを使って書くようアドバイスする。

 

冒頭から昭子と千夏との母娘の漫才のような会話で笑わせる。しっかり笑いをとってからの中盤以降の展開は、ロベルト・ベニーニ監督の映画『ライフ・イズ・ビューティフル(La vita è bella)』のよう。

登場するキャラクターのそれぞれが抱える事情と心情とがしっかり伝わってきてそれぞれに対して共感できるとともに、それらが歯車のように噛み合うことで物語が前へ転がっていく。それを可能にするのは、昭子らの上司として赴任してきた木村基晴(瓜生和成)を含めた5人を演じた役者陣の力があってのこと。

舞台には段差のある木の板が設置され、赤い糸が絡みあった6本(?)の木の柱が立つのみ。このシンプルな装置が、照明と、とりわけ意識させるかさせないかのギリギリのレベルを狙った音響とによって、千夏と昭子の家や、職場の休憩室、パン屋、サーカスの観客席までを変幻自在に表現していた。