可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 船井美佐個展『Distortion』

展覧会『船井美佐「Distortion」』を鑑賞しての備忘録
un petit GARAGEにて、2020年2月8日~4月11日。

ステンレスを研磨した鏡を用いて描かれる「絵画」で構成されるインスタレーションを中心とした船井美佐の作品展。神宮の杜野外彫刻展「天空海闊」(明治神宮内苑)との連動企画。

壁面に掲げられた円形・方形・楕円形の鏡には鳥や蝶や馬、あるいは植物の形が切り抜かれている。その周囲には、鳥や蝶が、それらの幾何学的な世界という枠組みから解放されたかのように貼られている。輪郭で表された鳥・蝶・馬・花だけが配された壁面にはメルヘンが生まれる。なおかつ、個々のモティーフが鏡でつくられているために、周囲の環境とともに鑑賞者もまた映し出され、その世界に全てを取り込んでしまう。メルヘンと現実との境界が溶けてしまうのだ。そして、鏡面に映ることで、周囲のモノと鑑賞者とは一つのイメージに融合してしまう。その間の差異もまた失われるのだ。あるいは、作品の「切り絵」としての性格が持つ図と地の反転。存在と非在の逆転は、蝶の存在を介して直ちに「胡蝶の夢」へと接続される。ただ"distortion"という展示タイトルの理由は不明のままであった。鏡面に歪み(distortion)は無かったからである。誤り(tort)を打ち消す(dis)楽園の呈示と解するのはおそらく曲解(distortion)であろう。

神宮の杜野外彫刻展に展示されている《Paradise/Boundary-SINME-》は、神鏡を思わせる円形の鏡に大きく「神馬」が切り抜かれている。木立のなかに設置され、その前に立つ木々を映し出すと同時に背後にある緑をそのまま見せる。100年の森の姿を作品の中に取り込んでいるのだ。そのため、白い壁面から浮き出した鏡がその存在を強く主張したギャラリーでの展示と異なり、作品が森の中に溶け込んで見えることにもなる。境界を曖昧にするという性格がより強くなっている。「神馬」は、もはや安野光雅の『もりのえほん』の世界だ。また、作品は道から数メートル離れた少し高い位置に置かれているため、適切な角度に立たない限り鑑賞者が映り込ない。映り込んだ場合、角度や距離によっては複数の映像を得られることもある。作品との接し方を工夫しなくてはならないのも、ホワイトキューブにおける鑑賞者優位と異なる、神域らしい見せ方ではないだろうか。作品の近傍では北池がその水面に周囲の世界を映し出しており、鏡の共演も演出されているのだろう。