可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 大久保紗也個展『They』

展覧会『大久保紗也「They」』を鑑賞しての備忘録
WAITINGROOMにて、2020年6月3日~28日。

大久保紗也の絵画展。

展覧会タイトル"They"は男性(he)・女性(she)・モノ(it)を区別しない三人称複数の人称代名詞。だが作者は近時の"They"の単数形での使用に着目したという。《They》を冠した作品は、ベン・シャーン、あるいは葛西薫ヒロシマ・アピールズのポスターへの連なりを感じさせるような、しっかりとした黒の描線による群像図。プラスティックの「波」板に描かれ、they=peopleの関係性の「揺らぎ」を、あるいは揺らぎへの共振を表しているようだ。

《The child pointing》は、白を中心に様々な色が塗りたくられた画面に、(おそらく)事前にマスキングを施された部分が剥がされ、下地のオレンジ色が聖母子のような図像を表す描線として浮かび上がる。量感を感じさせる右腕にしっかりと抱かれた幼児の左手は遠くを指さしている。

 指さしは、少なくともつぎのような四重の意味で、ことばの前のことば、前言語的行動となる。指さしは、三項関係のなかでも、人と人が「並ぶ関係」をつくって共に同じものを見る共同注意の型をよく表している。
 ①指さしは、指を道具にして、他者に何かを示す行為であるから、人(幼児)―モノ(指や指によって示されるもの)―人(他者)という三項関係が成立している。②指さしは、自分が興味をもつものを他者と共同で眺める「共同注意」の関係をつくる。③指さしは、能記(意味するもの、指)と所記(意味されるもの、指によって指示されるモノ)との記号的分離がみられる。ことばは、ソシュールが示したように、それ自体に意味があるわけではなく、能記と所記が分かれた記号的関係をもつので、指さしの記号的分離は意味作用の始まりとしても重要である。④近くの場所「ここ」と遠くの場所「あそこ」、自己をとりまく時空間(心理的場所)の分化。「ここ」は、現在・現前の場所である。「ここ」において、遠くの場所や事象への関心が指さしによって示される。(やまだようこ「共に見ることと語ること――並ぶ関係と三項関係」北山修編『共視論 母子像の心理学』講談社〔選書メチエ〕/2005年/p.82-83)

 「母子」は楕円状の黒い線で囲われている。聖母子らしきモティーフを囲うことで強調するとともに、そのラインが「母」の目のあたりと「子」の指(=digit)先とを繫いでいる。さらに、楕円は2定点からの距離の和が一定となるような点の集合だ。図像のコードはdigitalとbinary。デジタル社会における基本ユニットとしての母子像。その子が指さす先には、精子数の減少の行き着く先でもある父親=男性の不在、単為生殖の未来が待ち受けているのであろうか。