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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 アイムヒア プロジェクト|渡辺篤個展『修復のモニュメント』

展覧会『アイムヒア プロジェクト|渡辺篤「修復のモニュメント」』を鑑賞しての備忘録
BankART SILKにて、2020年2月21日~7月26日。※当初会期は3月15日まで。3月1日~5月31日は休止。

渡辺篤が当事者とともに孤立者の存在や声を発信する「アイムヒア プロジェクト」(2018年~)から生まれた作品を紹介。孤立者ないし孤立経験者が作家と対話しながら、コンクリートで桎梏の象徴を造型し、一旦ハンマーで叩いた後、「金継ぎ」による修復を施した《修復のモニュメント》の実物をドキュメント映像などとともに紹介する空間と、鑑賞者が作品を見て回る際に床に敷かれたコンクリート製のタイルが割れてしまう状況自体を作品とした《被害者と加害者の振り分けを越えて》を展示する空間を中心に構成される。

《修復のモニュメント》の展示空間は大桟橋通り側壁面がガラス張りのため、外から会場を見ることができる。その壁面には《Recovery》と題した白十字のネオンサインが設置されている。
会場に入って最初に目にすることになるのは、渡辺自身のひきこもり経験を題材とした《修復のモニュメント「ドア」》で、その傍には、渡辺がコンクリートの箱の中に一週間密閉されたパフォーマンスを紹介する《七日間の死》の映像が流されている。
1つ目の空間には、《修復のモニュメント「脳と心臓」》(壁の隙間に「心臓」のモニュメントが設置されているのを見逃してしまった)、《修復のモニュメント「01」》、《修復のモニュメント「卒業アルバム」》、《修復のモニュメント「病院」》が展示されている。
《修復のモニュメント「01」》は、最高学府で数学を学んだ共同制作者が、幼い頃から「白黒思考」のために孤立していたことから、バイナリを構成する1=ONと0=OFFからだろう、「白黒思考」を象徴する数字の0と1とを、自らの身長と同じ171cmの高さのコンクリートで表した。その共同制作者が作品の出来に満足しながら、ハンマーを入れる段になって、1という数字の「首」(上の曲がった部分)に執着したと言うのを聞いた渡辺が、モニュメントに身体性や自己を見ていることを指摘していた。また、その共同制作者は、数学は解けない問題ばかりで、そのような問題にどうアプローチするかだと言うのに対し、渡辺は「金継ぎ」もまた、完全には元に戻せない作品に対するアプローチだとコメントしていた。
《修復のモニュメント「病院」》は、理学療法士を目指しての実習中、報告書を書く余裕が無かったことからパワハラを受けて引き籠もるに至った共同制作者が、病院の建物をコンクリートで表現した。渡辺が、社会復帰を支援する理学療法士を要請する過程で社会から撤退していく者を生み出すとは、と感懐を述べていた。共同制作者が、モニュメントを壊すことで、パワハラを行った人物らに対する気持ちを汲む余裕が生まれたと述べていたのが印象的。
受付脇には《GAZE》と題されたひきこもり当事者が撮影した写真作品がコンクリートの額(?)に収められて展示されている。
《被害者と加害者の振り分けを越えて》は、「人を傷つけたことがある人」のみに入場を許可する空間。壁面には額装された金継ぎを施されたコンクリートの板が展示されているが、鑑賞するには、床に敷き詰められたコンクリート製のタイルをひび割れさせながら進むしかない。聖書には「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」(ヨハネによる福音書第8章第7節)とあるが、鑑賞者に罪の自覚を迫る企てとなっている。

会場には、作家本人がいて、来場者に作品の解説をするなど懇切丁寧に対応していた。展示作品そのものよりもプロジェクトの進行こそが大事だという作家は、言葉の選択にも神経を尖らせている(見習いたい)。《被害者と加害者の振り分けを越えて》では、コンクリート製のブロックの上を慎重に歩いたつもりだったが、作家と話すことで、自分の発する何気ない言葉が固定観念に雁字搦めになっていることに気付かされた。現実には、言葉で他人の気持ちをガシガシと踏み抜いているのだと身につまされることとなった。

ネオンサインを除き、全てがコンクリート(concrete)を用いた作品で統一されている。そして、具体的な(concrete)出来事を伝える作品となっている。