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芸術鑑賞の備忘録

映画『ウルフ・アワー』

映画『ウルフ・アワー』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のイギリス・アメリカ合作映画。99分。
監督・脚本は、アリステア・バンクス・グリフィン(Alistair Banks Griffin)。
撮影は、カリッド・モタセブ(Khalid Mohtaseb)。
編集は、ロバート・ミード(Robert Mead)。
原題は、"The Wolf Hour"。

 

1977年7月。ニューヨークのサウスブロンクスにある古いアパートメントの一室。様々なモノが室内を埋め尽くし、出せず仕舞いになっているゴミ袋からは悪臭が漂っている。アメリ東海岸を襲う猛烈な熱波のために茹だるような暑さが続く中、ベッドではジューン・リー(Naomi Watts)が大量の汗をかきながら眠っている。不意にインターホンの音がけたたましく鳴る。眠りを妨げられたジューンが応答して声をかけるが、聞こえてくるのは雑音だけ。窓から身を乗り出しアパートメントの入口を眺めるが、人影は確認できない。テレビやラジオは、犯行をほのめかして社会を震撼させている「サムの息子」を名乗る連続殺人犯や、荒廃が進むサウスブロンクス一帯で散発する不審火など、不穏なニュースを伝えていた。ジューンは『家長(The Partriarch)』という小説で一世を風靡した作家だが、その小説をめぐって不幸な出来事が起こった。一族とは縁が切れて、祖母の暮らしていた部屋に隠遁して一歩も外に出られない状態に陥っていた。家賃の取り立てに来るギャングにはドアの下から紙幣を忍ばせ、食料品やタバコはメキシコ人のグローサリーにデリバリーを依頼していた。ゴミを出そうと窓からロープで下ろすと、途中でゴミ袋の重さに持って行かれたロープで手のひらを怪我してしまい、消毒して包帯を巻く処置をとる。インターホンが鳴る。グロサリーの配達だった。いつもと違う黒人の男はフレディ(Kelvin Harrison Jr.)と言った。ドア越しにやり取りをして、16ドル少々の支払いに20ドル紙幣を渡す。釣りは出せないと言う。持ち歩かないのかと尋ねると、ここらの治安を考えろと返される。釣りはいいと告げて紙袋を受け取り去らせるが、引き留めてゴミを出させることにする。駄賃を要求するフレディーに今渡したと告げるが、それは配達のチップだと、3ドルを要求される。結局、洗面台を使って汗を流させることでゴミ出しを引き受けさせることに。去り際に配達の前にもインターホンを鳴らしたかと尋ねると、何のためにそんなことをと否定される。生活費が尽きようとしていた。担当編集者に電話をして再度の前借りを頼むが、既に一冊分は渡してある、いつ仕上がりそうかと言われ、1ヶ月ほどでと答えると、楽しみにしていると電話を切られる。やむを得ず作家仲間のマーゴット(Jennifer Ehle)に電話をかけ、やはり再度となる無心を依頼する。都会を離れて暮らすマーゴットはジューンが治安の悪いサウスブロンクスに未だ滞在していることに驚きつつ、無心には応じて手渡しにいくという。ジューンは仕事で家にいないと断るが、押し切られる。インターホンが鳴り、マーゴットが現れる。最初はドアでやり取りをしていたが、ついに部屋に招き入れる。マーゴットは部屋の惨状に驚き、部屋の片付けをしようと言い出す。

 

昼夜構わず突然鳴り響くインターホンのブザー、テレビやラジオから流れてくる恐ろしい犯罪のニュース、窓の外には屯する柄の悪い連中、そして熱波による耐え難い暑さ。それらが神経をすり減らした女性の作家ジューン・リー(Naomi Watts)を追い詰める。
祖母の部屋はジューンが救いを求めた祖母との思い出の空間であり、ジューンにとっては唯一の避難所として機能している。ジューンは外に出ることが出来ないため、祖母の部屋を舞台とした演劇作品のような作品となっている。その空間には、古びて乱雑でありながらも、抑えられた明度と色調とによって、どこか祖母の品位や庇護を感じさせる秩序が辛うじて残されている。