可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

本 オーウェル『動物農場』(2)あつまれ どうぶつの森

『あつまれ どうぶつの森』というゲームのヒットは、「あつ森」という略称が人口に膾炙していることからも知られた(信長を通じて「アツモリ」という響きに馴染みがあるせいもあろう)。このゲームでは最初に借金を背負わされたプレーヤーが孤島に送られるとの概要を聞いていたため、その牧歌的で穏やかな画面とは異なって、タコ部屋労働や芸娼妓契約を連想させかねない阿漕なゲームというイメージを勝手に抱いていた。
斎藤幸平が実際にプレイして分析したところ(『毎日新聞』2020年9月6日朝刊16面)では、ユートピア建設を目指しながらスターリニズムに堕する過程をシミュレーションできるらしい。すなわち、誰もが気軽に、ジョージ・オーウェルの『動物農場』に登場するブタの「ナポレオン」になれるということになる。

 モノ作りを楽しみながらゲームを進めていると、パニーという来訪者が現れた。なんでも、“理想のコミューン”を作ろうとしているという。ここで思い出したのは、19世紀イギリスの社会主義者ロバート・オウエンがアメリカに移住して、私財を投じて設立した「ニューハーモニー」だった。オウエンは、平等で、自由な自給自足型コミュニティーを異国の地で一から建設しようと試みたのだ。
 その柱としてオウエンが提唱したのが、「労働証券」である。生産物を「交換所」に持ち込むと、労働時間に応じて、労働証券がもらえる。交換所には、労働時間で表示された生産物が並んでおり、労働証券で購入できる。そうすると、各生産者は、自らの労働時間に見合った交換が可能になる。それこそが搾取のない公正な社会だと、オウエンは考えたのだった。
 あつ森も似ている。作った道具で魚や昆虫を捕まえたら、「タヌキ商店」で買い取ってもらえる。それが、「ベル」という地域通貨を獲得するほぼ唯一の方法である。実は、タヌキ商店が「交換所」で、ベルは「労働証券」なのではないか。
 あつ森が社会主義のゲーム!?
 「社会主義ゲームが大ヒット」なら心が躍る。だが、そう単純ではない。オウエンの壮大な実験が数年で失敗したように、あつ森版社会主義もうまくいかないのだ。
 このゲームが牧歌的なもう一つの理由は、敵やゲームオーバーが存在しないことにある。気が向いた時に、貝や果物を集めるだけでもいい。とはいえ、それでは島は一向に発展しない。雑草が生い茂って荒れ果てていくだけだ。現実なら、村では貧困と飢餓が蔓延するだろう。実際、住民の怠惰さが、ニューハーモニー失敗の一つの原因だったという。
 (略)
 だが、島を自慢できるものにしようとすると、ゲームの性格は変わっていく。家を拡張し、橋や区画を整備するには莫大な資金が必要となるため、効率的な貨幣獲得が目的になる。さらに、昼夜問わず労働し、別の島へ出稼ぎに行き、株(野菜のカブ)に手を出し、自分で作れないものは、遠隔地から大量に取り寄せなくてはならない。
 (略)
 さらに、貨幣の集中とともに、プレーヤーの権力が増大していく。橋や階段の設置場所も勝手に決められるし、住民を強制移住させられる。好みでないキャラクターを追放さえできる。
 コミューンが目指したはずの平等で公正な社会は、もはやどこにもない。資本主義が嫌で無人島に移住してきたはずなのに、いつのまにか、自分がすべてを金の力で決める島の独裁者になっている。ニューハーモニーは、スターリン主義に転化する!
 そう、すべては夢だったのだ。現実社会では、昼夜構わず労働し、休みの日にDIYもできない私たちは、せめてゲームのなかでは自由に振る舞いたいと願う。指示される代わりに、頑張って働いた分はしっかりと対価をもらって、そのお金で理想の世界を作りたい、と。
 だが、私たちはゲームの中でも貨幣の力にからめとられ、独裁者になることでゆがんだ野望を実現しようとしてしまう。島は全体主義的な性格を強めていくが、その暴力の痕跡は、島がきれいに整備されていくことで、見えなくなる。(斎藤幸平「斎藤幸平の分岐点ニッポン資本主義の先へ メガヒット あつ森をやってみた」『毎日新聞』2020年9月6日朝刊16面)