可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

舞台 iaku『The last night recipe』

舞台 iaku『The last night recipe』を鑑賞しての備忘録
座・高円寺1にて、2020年10月28日~11月1日。
作・演出は、横山拓也
出演は、橋爪未萠里、杉原公輔、緒方晋、伊藤えりこ、小松勇司 、福本伸一、竹内都子

 

良平(杉原公輔)が妻の夜莉(橋爪未萠里)と晩ご飯のメニューについて話している。ライターの夜莉は、結婚を機に晩ご飯を紹介するブログ「Last Night Recipe」を始め、毎日更新していた。良平が渋るにも拘わらず夜莉はラーメンにしようと譲らない。ネギを刻んで、そうだ、メンマの瓶がまだ冷蔵庫にあったんじゃないかな。重い腰を上げて買い出しに行きますか。良平、カバンとって。「オルフェ」には濃厚な背脂のラーメンスープも売ってるはず。良平が作るんだよ。
ブログ「Last Night Recipe」の2021年3月2日付のエントリーは「ラーメン」。一応のゴールであり、新たなスタート。一歩ずつゆっくり進んで行こう、との記事。
翌日、新型コロナウィルスのワクチンを接種して帰宅した夜莉は、体調が悪いと早々に床に就いた。深夜に夜莉の異変に気が付いた良平は、119に電話する。胸が4~5cm沈むくらい押して下さいと指示されたが、夜莉の身体がマットレスに沈み込むだけだった。救急隊員が到着。離れてください。AEDの処置が行われる。草臥れたスウェットを着替えれば良かったな。何も出来ない良平は、ストレッチャーで運ばれる夜莉に付いて救急車へ乗り込むj。処置室の外で待機するよう言われたが、間もなく医師から手遅れだったと告げられた。看護師が処置する隙を見計らって、夜莉の右手をとる。スマートフォンのロックを解除するために。夜莉の実家に電話する。午前4時。義母の晴美(竹内都子)に告げる。夜莉が死にました。
未明の電話に胸騒ぎがした晴美が電話口で聞いたのは婿の「夜莉が死にました」という言葉。病院の名前を書こうとするものの手が震えてうまく書けない。晴美は夫の雅一(福本伸一)に何とか告げる。何を言ってんだ! 私に怒鳴っても…。タクシーを呼ぼう、事故でも起こしては。タクシーの後部座席で、二人は「どうして」という言葉だけを譫言のように繰り返す。病院で良平に落ち合う。保険会社との交渉とのためにも必要だろうとのことたったので、解剖の代わりにCTを撮ることにしました。解剖? 解剖って…。
良平君、自分の親だと思って頼ってくれていいんだ。何かあったら遠慮無く言って欲しい。夜莉の関係者にはうちの住所を書いた葉書を送っておくから。連絡があったら君にも伝えよう。墓のことは考えてあるか? 私は次男だからいつか用意しなければならないとは思っていたが、まさか娘の墓が必要になるとは…。郵便局に寄るからそろそとお暇するよ。雅一の言葉にすいませんとしか答えられない良平。晴美は良平に不満だった。衝撃を受けているようには見えないし、受け答えも気があるのかないのか分からない。何より良平がもっと早く対応していれば夜莉が命を落とすことなんてなかったのではという思いが消えなかった。
夜莉がカフェで三宅綾(伊藤えりこ)と話している。カンボジアで学校を建設するプロジェクトに2年間にわたって携わって書き上げたルポルタージュで知られる、夜莉の憧れの存在であった。夜莉、最近どうなの? ぼちぼち。ぼちぼちってのは儲かってるってことでしょ。ぼちぼちです。彼氏から仕事回してもらってるんでしょ、公私混同で。早田(小松勇司)さんとは仕事とプライヴェートはしっかり分けて付き合ってます。綾さんこそ文体を使い分けてすごい数こなしてますよね、綾さんの記事だってすぐ分かりますから。あなたもライターだからでしょ、で要件は? 関西ラーメン選手権の記事の件で。あー、複雑な条件の面倒な仕事押しつけちゃったね、ごめん。それは全く構わないんですけど、「永井軒」という600円のラーメンのみの店がエントリーしてますよね、取材に行ったんです。セレクション、雑だったからね。ボロボロの店を大将(緒方晋)が息子さんと切り盛りしているんですけど、実はラーメンではなくて、息子さんの不幸な境遇が気になって仕方がなくなってしまったんです。

 

急逝したライターの夜莉(橋爪未萠里)の姿が、夫の良平(杉原公輔)らが回想する形で明らかにされていく。
夜莉が良平と食べる晩ご飯に絡めて、近所のスーパー「オルフェ」の名が何度か登場するのは、オルペウス(=オルフェ)が亡くなった妻エウリュディケーを求めて冥府に向かったギリシア神話をイメージさせるためだろう。柴田隆弘による舞台美術は、中央の窓(ないし絵画の額)を除きアーチ状の出入り口が弧状に並び、かつ中央から左右手前に向けて次第に大きくなるよう配されている。演劇的な世界を構築するジョルジョ・デ・キリコの絵画に登場する古典建築のような趣があるのは、やはり「オルフェ」をイメージさせるためだろう。もっとも、絵画の影響を挙げるなら、《The Last Supper(最後の晩餐)》(レオナルド・ダ・ヴィンチ)と解した方がこの作品にはふさわしいかもしれない(死ぬ前に食べたいものへの言及はある)。なお、中央奥の「窓」は、スマートフォンの画面(あるいは冥府)として機能している。
冒頭の夫婦の会話。晩ご飯をラーメンにするしないという、しょうもない会話。それが妻の死によって突然奪われる。しょうもないことが、その喪失によって掛け替えのないものであったことに気付かされる(雅一は娘の急死によって最後の会話が何だったか思い出せないことを嘆く)。会話は、とりわけ新型コロナウィルスでは飛沫感染の防止の観点から会話が著しく制限されることになった。パンデミックによって失われた日常を象徴するのだ。のみならず、会話は会話劇として演劇を、そしてiakuを象徴するものでもある。パンデミックに見舞われて突然演劇を奪われた演劇人の姿が重ねられている。
キャラクターの性格を一面的に表現することなく、少なくとも二面性があることが示される。彼/彼女らの持つ事情や悩みによって、基本的性格とは別の側面が炙り出されるように仕込まれているのだ。それがiakuの作品を特徴づける要素の1つであり、本作においても同様。
iakuの常連である橋爪未萠里や緒方晋の関西弁を聞くと、関西弁の素晴らしさに引きつけられざるを得ない。
雅一(福本伸一)と大将こと永井謙介(緒方晋)の掛け合いが笑える。雅一の普通な(?)言動がおかしみを誘うのが不思議。
会話のみに頼れない状況が生まれたこともあってか、キャラクターが退場する際に間を付けて、そのポーズに語らせる試みが見られた。
"The last night"と"last night"の違いは綾に正されて知ることになる。夜莉が英語があまり得意でないことは、"feature"と"future"とを取り違えるのを早田に指摘されることからも強調されている。
タイトルを"supper"ではなく"recipe"としたのは、"recipe"が「もたらすもの」という意味があるからか。最後の夜をもたらすもの。「青天の霹靂」としての災難。