可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ハッピー・オールド・イヤー』

映画『ハッピー・オールド・イヤー』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のタイ映画。113分。
監督・脚本は、ナワポン・タムロンラタナリット(นวพล ธำรงรัตนฤทธิ์)。
撮影は、ニラモン・ロス(นิรมล รอสส์)。
編集は、チョンラシット・ウパニキット(ชลสิทธิ์ อุปนิกขิต)。
原題は、"ฮาวทูทิ้ง ทิ้งอย่างไรไม่ให้เหลือเธอ"。英題は、"Happy Old Year"。

 

デザイナーのジーン(ชุติมณฑน์ จึงเจริญสุขยิ่ง)のインタヴュー。実家をリノベーションしたオフィスについて、質問に答えている。1階はオフィスとして使用し、2階は家族の住居スペースとなっています。ベッドなど最小限の家具だけが置かれた、白で統一されている寝室。必要なものだけ、置いています。スウェーデンのデザインの特徴である機能性とシンプリシティを追求したミニマリズムは、仏教に通じるものがあります。
書店の通路に座り込み、建築デザインの写真集を開き、これはというページをスマートフォンで撮影するジーン。そこへ待ち合わせをしていた友人でリフォーム業者のピンク(พัดชา กิจชัยเจริญ)がやって来る。図書館じゃないのよ。だってたった3頁のために買いたくないもの。ミニマリストは出費もミニマルなのね。ジーンはピンクと連れだって実家の二階家に向かう。どうして実家をオフィスにしたいの? この辺りは物価が安くて便利だから。それにクライアントが訪れたとき近隣に路駐しても問題ないでしょ。かつて音楽教室兼楽器修理店として用いられていた1階は、父が家を出ていった後もそのままで物が溢れていた。建物に入ると、母(อาภาศิริ นิติพน)がカラオケを熱唱している。音量を絞ってくれる? 母は聞いているのか聞いていないのか娘たちに構わず大音量で歌い続ける。ピンクは写真を撮りながらジーンとともに室内を確認して回る。本当は日当たりがいいのに生かせてないの。それよりここになんで車の部品があるわけ? そんなの写真に撮らないでよ。兄のジェー(ถิรวัฒน์ โงสว่าง)が部屋から出てくる。兄をピンクに紹介する。ここは兄のスタジオにするつもり。スタジオって? 事態を飲み込めない兄が怪訝な顔をする。ピンクが釘を刺す。家族をきちんと説得しておいてよ。リフォームで家族がバラバラになることってあるんだから。それは大丈夫、任せておいて。年明けすぐに着工できるように、年内には不要なものを全て処分しておいて。スマートフォンには2019年11月25日の表示。猶予は1ヶ月少々。ジーンが1階の家族の食卓として使われている元楽器修理店で母にリフォームについて説明する。1階はデザイン事務所にして2階に部屋を作るから。私はここで寝てるんだよ。椅子で寝てるから腰を痛めるのよ。腰痛は靴のせい。とにかく1階は空にしてオフィスにするから。空っぽってお前の頭のことかい? 母はすっかりお冠だ。ジーンは兄の部屋で主張する。通販の仕事場として今の部屋は狭すぎるでしょ。そう言われれば狭いかもな。前の世代に作られたものが全然機能してないの。古い人たちは何で理解できないのかな。これからは私たちの時代でしょ。そうだな、俺たちの時代かも。スウェーデン留学から最近帰国したジーンは、大手デザイン会社の仕事を請け負う契約を交わしていた。その際、リノヴェーションした新しいオフィスを用意すると約束しており、ピンクの要求する期限を厳守する必要があった。2人はホームセンターに赴き、ゴミ袋や清掃道具を買い込む。日本人の有名な片付けの本を持ってきた兄に、ジーンは本というモノではなくてPDFファイルのデータにしてと要求する。ジーンは黒いゴミ袋に次々と部屋の中のモノを捨てていく。CD、携帯電話、VHS、もはや考古資料となった品々が次々とブラックホールと化したビニールの中へと吸い込まれていく。お前は迷いが無いな。成績表はとっておけよ。ジーンはのんびり構える兄を「教育」するため、片付け本の著者が出演するビデオを視聴させる。モノを手にしたときにときめくかどうか。ときめかないときは感謝の言葉をかけて捨てましょう。俺は全部ときめくけどな。こんな観光地の土産物だって一つ一つにいろんな思い出がつまってるからさ。「破壊神」ジーンの指揮の下、捨てる作業が順調に進む中、ピンクが状況確認に訪れる。ピンクは趣味の良い年代物の花瓶が捨てられるのに気が付き、アンティーク業者に引き取ってもらえばと提案する。だが、ジーンはそんな余裕はないと却下する。そして、ピンクは1枚のCDをゴミ袋の中に見つけて、ジーンに示す。

 

デザイナーのジーン(ชุติมณฑน์ จึงเจริญสุขยิ่ง)が実家をオフィスに改装するための大掃除をきっかけに、過去の人間関係に向き合っていく姿を描く。
途中、「片付けの極意」が一つずつ紹介されていく。その極意から逸れていくことで(片付けマシーンや片付けの悪魔ではない)人間の姿が炙り出される。また、映画の進行につれて、ジーンの置かれた立場が整理されていき、処分しなければならないことが明確になるというプロットも素晴らしい。
顔のアップと長回しによりジーンの心の動きを見せていくシーンが随所に組み込まれる。その画を成り立たせるชุติมณฑน์ จึงเจริญสุขยิ่งの魅力に脱帽する他ない。
環境音や無音を活かすことで、ミニマリズムを連想させる。
コングロマリットみたいな名前の日本の悪魔を想起させる存在が登場。