可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 藤森詔子個展『舵を取れ!』

展覧会『藤森詔子個展「舵を取れ!」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY MoMo Projectsにて、2021年1月16日~2月13日。

藤森詔子の絵画7点を紹介。

表題作の《舵を取れ!》は、正方形の画面の左上と右下の頂点を結ぶ線の下側に、沈みかけのヴァーミリオンの船体が、アンリ=ギュスターヴ・ジョソ(Henri Gustave Jossot)の《波(La vague)》よろしく、波間から突き出している。舳先にはデニムのパンツを身につけた半裸の男性が気を失った女性を抱きかかえ、画面から切れてしまっているが、その左手には白い大きな旗の竿を握る人物の手がある。女性を抱える男性の下にはギターをかき鳴らしながら歌う男性、その右手にはやはり上半身裸のデニムのパンツの男性、その前にロープを右手で摑みながら左手で海に落ちた人物に向かって手を差し伸べる女性がいる。画面の一番手前には木製の焦げ茶色の舵輪が大きく描かれ、その左側にはキャップを被った叫ぶ男性が、右側には波に浸かっている男性がそれぞれ描かれている。画面の右上から右下にかけて白い大きな布がはためき、朱色の舟と人物群とともに囲う空と海とを画中画のように見せている。その「画中画」には、救命ボートに乗って舟を離れる人物のシルエットは船長であろうか。アルノルト・ベックリン(Arnold Böcklin)の描いた「死の島(Die Toteninsel)」へでも向かいそうな気配である。あるいは、映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』の機関車に乗り込んだヨンソクのようでもある。テオドール・ジェリコー(Théodore Géricault)の《メデューズ号の筏(Le Radeau de la Méduse)》とウジェーヌ・ドラクロワ(Eugène Delacroix)の《民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)》にインスパイアされて制作されたとのことだが、空の表現はロマン主義よりも外光派のものに近い。その上、ギターの男やキャップの男の衣服の白、女性達の衣装の白、大きな布(旗)の白、さらに船体と女性の手の朱などによって明るい画面となっている。「白」地に「朱」を挿した舟がどこかにある島国を、自らの生存のみを図る船長がその国の指導者を表すのであろう。沈み行く船(国)に残された人たちは、自ら舵を握るべきだ。ヨーソロー。

ナルシシストたちの遊戯室》は、画面の奥中央に、右後方の男性から手で目を隠されて笑っている、スタイルの良い白いビキニを身につけた女性と、その手前にある白いテーブルクロスの敷かれたテーブルに左手で頬杖をつく女性とが描かれている。ビキニ姿の女性が左手に手鏡を持っているのは、バルテュス(Balthus)の《美しい日々(Les Beaux Jours)》の少女(左手に手鏡を持っている)などを踏まえているという。もっとも、自らの姿に見入っている《美しい日々》の少女に対し、本作の女性は目隠しによって自らの姿が見えていない。鏡は、バルテュスの少女の換喩であるとともに、女性の顔ではなく深い胸の谷間へと向けられていることから、エロティックな性格を増幅させる装置として機能させられているのだろう。テーブル上のバナナや白いセラミック製(?)の頭蓋骨はヴァニタスのモティーフであり、女性の背後を飛ぶ2本の矢は時間(光陰矢の如し)のメタファーかもしれない。だが、男性の下半身の位置にバナナや黄色いクッションの角がテントのように姿を見せていることからすると、男性器(あるいは精液の迸り)と解すべきである(背後の壁に滴る白い絵の具が精液であることに疑いはない)。画面の億と手前の二人の女性の間には、両者を分断するかのように、黒い絵具による描線が大胆に描きこまれている。頬杖をつく女性の視線の先にあるのは、バナナ(=男性器)であり、飲み物が入っている様子のない白い磁器のマグカップ(=女性器)を触れる右手の指先はピンク色に火照っている。「ナルシシストたち」の「遊戯」室とは、自らを慰める者の表象空間であった。なお、ビキニ姿の女性の肌に比してやけに白く、しかも黒いTシャツと溶け合うような腕を持つ男性を、「盲目(=目隠し)」の女性に憑いた亡霊と解すれば、「耳なし芳一」のような怪談(頬杖をつく女性は状況を客観視する「寺男」あるいは和尚の役回り)ともなろう。

《もうひとつの駆け引きゲーム》は、一見すると、夕日の差し込む部屋でジェンガに興じる二人の女性を描いた作品。だが二人ともテーブルの上に組み上げた木片の塔には目を向けず、とりわけ右の女性の目は虚ろだ。二人の着る服が入院着のように質素で、テーブルや壁にも何の装飾もない。病院なのだろうか。わずかに見える窓の太く頑丈そうな窓枠が俄然意味を持ち始める。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(Georges de La Tour)の《ダイヤのエースを持ついかさま師(Le Tricheur à l'as de carreau)》やカラヴァッジオ(Caravaggio)の《女占い師(Buona ventura)》などを下敷きにしたといい、右の女性が左の女性の左手の中指から指輪を抜き取ろうとしている様子が描かれている。これがジェンガとは別の「もうひとつの駆け引き」であろうか。だが、左手の女性が目を向けているのは、右の女性が飲んでいるアイスミルクティー(?)のグラスであり、右の女性の死角となるグラスの陰には錠剤のPTP包装シートが置かれている。左の女性が右の女性に薬を飲ませたことが「もうひとつの駆け引き」なのかもしれない。