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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 川原直人個展『ヒュプノス』

展覧会『川原直人「ヒュプノス」』を鑑賞しての備忘録
タカ・イシイギャラリーにて、2021年7月3日~31日。

ルシアン・フロイド(Lucian Freud)の作品をもとに制作されたという、《Naked Girl》(2021)、《Naked Portrait》(2021)、《Dead Rabbit》(2021)、《Benefits Supervisor Sleeping》(2021)の4点の油彩画で構成される、川原直人の個展。

《Benefits Supervisor Sleeping》(2021)は、ルシアン・フロイドの《Benefits Supervisor Sleeping》(1995)に基づいて制作された作品。横長の画面(1584mm×2173mm)のほとんどは、板を張った床に置かれた白いソファが占めている。向かって左側には床や背後のカーテンが見えるが、右側は画面の端で肘掛けが一部切れてしまうほど空間がない。ソファには、膨よかな体つきの裸の女性が、画面向かって左側の肘掛けに右頬を付けて頭を預けて眠っている。右の掌は重みを受け止めるかのように右の乳房を覆っている。左手(左腕)はソファの背もたれに置かれている。大きな腹はわずかに座面に触れ、右の太腿に密着している。両膝ともに折り曲げられていて、画面に向かって右側の肘掛けとの間には若干の余地がある。ルシアン・フロイドの作品と比べると、モデルが若く、肌に艶と張りがあり、また痩せている分、体型も崩れていない。左の乳房にハイライトがあり、右の脹ら脛と左膝の作る影から左の乳首を経由して女性の閉じた目へと繋がる「直線(斜線)」が鑑賞者を「眠り」へと誘う。腕(手)と頭が作る三角形は、画面の左上の角・左下の角・右上の角で作る三角形と相似を成し、なおかつ三角形と眠りという点では、アンリ・マティス(Henri Matisse)の《Le Rêve》(1979)に通じるものがある。ルシアン・フロイドの作品ではソファのカヴァーに花柄のテキスタイルが用いられ、また床板の茶色などとも相俟って、大地に抱かれているような、あるいは落下ないし墜落の印象がある。それに対して本作は、背景の青みがかったカーテンが夜空を、白の張地のソファが雲を、そして虹のような輝きを持つ画面左右の床板が画面手前に広がるように描かれるロケット発射の際の燃焼のような光によって、天上への上昇(昇天)の効果を生んでいる。女性を眠り(≒死)の擬人化ないし神格化である「ヒュプノス(Ὕπνος)」とする意図が、ルシアン・フロイドの作品との対比でより明確になる。