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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか』(後期:グラフィック・アート)

展覧会『ギンザ・グラフィック・ギャラリー第381回企画展 グラフィックデザインはサバイブできるか』(後期:グラフィック・アート)を鑑賞しての備忘録
ギンザ・グラフィック・ギャラリーにて、2021年2月3日~3月19日。

アートディレクター石岡瑛子(1938-2012)の1980年代までの仕事のうち、映画・演劇・展覧会のポスターやブックデザインを中心に紹介する。なお、本展に先行して、資生堂やパルコなどの広告キャンペーンを中心とした前期展(2020年12月4日~2021年1月23日)が行われた。

照明の落とされた1階には、「エイコ・レッド」と本人が呼んだ紅緋であろうか、赤い縦長のバナーが並び、石岡瑛子の発言からの抜粋が黒い文字で縦書きで記されている。「自分で自分のデザインが正しい答えになっているかどうかをチェックするときに、マントラのように唱える言葉がある。それは"Timeless""Originality""Revolutionary"の3つです。」など。バナーを挟むように、2つの壁面に設置されたディスプレイでは、映像により代表作を紹介している。
地下1階では、生前最後のインタヴューのダイジェスト(約60分)が音声で流されている。黒い壁面には映画『イノセント』(1976)や映画『地獄の黙示録』(1979)などの日本公開時の映画ポスターや、舞台や書籍の宣伝ポスター、《POWER NOW》・《ポスターを見るな。ポスターになれ。》・《AMPO-1970-EXPO》などの「作品」としてのポスターなどが掲示されている。展示台では、書籍や雑誌に関する仕事、作家が紹介に力を注いだ二人の女性作家レニ・リーフェンシュタール(1902-2003)とタマラ・ド・レンピッカ(1898?-1980)に関する仕事、日宣美のグランプリを獲得した《シンポジウム・現代の発見》やその作品以来の幾何学模様のデザインなどが紹介されている。

石岡が雑誌連載時のイラストレーションから書籍化の際のブックデザインにまで携わった『戒厳令の夜』(新潮社)の作者・五木寛之は、石岡の作品は全て「おそろしくエロチックであり同時にどこか恐ろしいものを背後にひそめている。その恐ろしさは彼女の手になる表現物が人間たちを動かす、という点にあるような気がする。他人を動かす、という事実はなぜか恐ろしい」と記している(「偏見的石岡瑛子論」)。

ヌードの女性が蹲る姿を上下に反転して表した《POWER NOW》はシルバーメタル・ペーパーにオフセット印刷された作品で、照明や見る角度によって印象をかなり違えそうだ。

 「POWER NOW」は、「裸」に強いこだわりを示した瑛子の仕事の中で、おそらく初めてヌードをモチーフにしたポスター作品だ。
 ヨガのチャイルド・ポーズのように、上半身を極限まで折り曲げて地に伏した裸の女。その写真を2枚、上下に組み合わせ、”握り拳”に見立て、鈍く光る銀のメタルペーパーに印刷している。シルバ0の下地から黒々とした肉体が浮かび上がってくる様は、まさにパワーそのもの。学生時代にさんざん練習してきた裸体クロッキーのエッセンスを、横須賀〔引用者註:写真家の横須賀功光〕の力を借りてポスターの内で爆発させている。
 (略)
 ポスターのテーマは「反戦と解放」。日本橋にオープンしたばかりのギャラリー・日本画廊が、さまざまなジャンルのアーティストに制作を依頼したグループ展用の作品だ。(川尻亨一『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』朝日新聞出版/2020年/p.116-117)

今回は展示台との距離が近いために展示台越しでないと距離を置いて見ることができない。そのため、無防備な裸体でせめて頭を必死に守ろうという弱さが強く前面に出て、「拳」の印象は薄かった。だが、その分、画面の下に記された"POWER NOW"という文字の悲痛さが強まって見えた。

《1990 ヒロシマ・アピールズ》には、2つの球体のようなおよそ集音機能を果たすことのなさそうな耳が鏡餅のような顔の上に浮き、手袋をはめたと思われる両手で目を覆い、その下にはてかてかとした丸いボタンのような鼻、さらにその下に赤ん坊のような口がきつく結ばれている。「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿とお見受けまうす。

 「ヒロシマ・アピールズ」は、広島の原爆の記憶を風化させないという考えから、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)が毎年1名のデザイナーを選出、平和ポスターを試作するプロジェクトだ。1983年にスタートし、それまでに亀倉雄策粟津潔福田繁雄、早川良雄、永井一正田中一光、藤井光雄といった錚々たるメンバーが手がけてきた。
 JAGDAから指名を受け、1990年のつくり手に選ばれた瑛子は、それまでの流れと一線を画すパワフルなビジュアルを思いつく。アメリカのシンボルとも言える「ネズミ」の人気マスコットに似たキャラクターをポスターに登場させるアイデアだ。角川書店の「野性時代」でもタッグを組んだチャーリー・ホワイトⅢにイラストを依頼した。
 ポスターではキャラクターが、口をギュッとへの字に結んで、両手を顔で覆っている。シニカルかつパンチの効いたメッセージである。その「ネズミ」に象徴される“アメリカ”は、彼らにとって直視したくない現実、つまりヒロシマの悲劇に見て見ぬふりをして、口もつぐんでいる――とアピールしているように思える。
 このポスターは物議を醸す。だれがどう見ても、「ミッキーマウス」を髣髴とさせるキャラだからだ。JAGDAはディズニーから抗議を受けた。瑛子とチャーリーは「これはミッキーではない!」と言い張ったが、放置すると国際問題に発展するのでは? という声まで出たため、当時のJAGDA会長・亀倉雄策が騒動の沈静化に奔走することになった。
 以降、「ヒロシマ・アピールズ」プロジェクトは2004年まで15年間中断した。そしていま現在もこのポスターは、公式の記録からは消し去られている。幻のポスターである。(川尻亨一『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』朝日新聞出版/2020年/p.347)

石岡は「『HIROSHIMAの悲劇を2度とみたくない』という人類最大の悲劇再来へのwarning」と「その裏側の『HIROSHIMAの悲劇に目をつむるのは人間にとって最も重い罪悪である』という、見ないようにする行為への警告」とをこの作品に重ねていた。2021年1月22日の核兵器禁止条約発効直後のタイミングでの展示は、タイムカプセルを開くのに時宜を得ていた。ネズミとその子分のサルとが目を瞑ったままだからだ。

頭部が四角錐になっている野球選手たちを表した『話の特集』の虫明亜呂無のエッセーに寄せたイラストレーション、女性のトルソのようなヌードと金属的な円弧を重ねたポスター《Crystal Silence No.5》など、肉感的な存在と幾何学的な存在との組み合わせが印象に残る。《POWER NOW》の無防備な裸体と攻撃的な拳、《1990 ヒロシマ・アピールズ》における、二度と見るべきではない出来事と目を背けてはならない出来事など、相反する性質(あるいは矛盾)が合わせることで生じる化学反応が、作品の魅力の1つのようだ。