映画『アンモナイトの目覚め』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のイギリス映画。117分。
監督・脚本は、フランシス・リー(Francis Lee)。
撮影は、ステファーヌ・フォンテーヌ(Stéphane Fontaine)。
編集は、クリス・ワイアット(Chris Wyatt)。
原題は、"Ammonite"。
掃除婦(Sarah White)が水に濡らした雑巾で床を丁寧に磨いている。邪魔だ。男(Liam Thomas)が作業員に何かを運び込ませる。それは、大英博物館の展示品に新たに加えられることになったイクチオサウルスの化石だった。
イングランド南西部、英仏海峡を臨む町ライムレジス。メアリー・アニング(Kate Winslet)が自室のベッドに横たわると、老齢の母モリー(Gemma Jones)がメアリーを呼ぶ声がする。翌朝、モリーは娘に言いつける。化石と流木を拾いに行っておいで。食いっぱぐれるよ。明け方の曇り空の下、風が吹き荒れ、波は大きな音をたてて海岸に打ち付ける。1人ビーチ・コーミングをするメアリーは、海食崖のやや高い位置にめぼしい石を見つける。斜面は濡れた泥で滑りやすい。何とか攀じ登ったメアリーは石の採取に成功するが、石と共に滑り落ちてしまう。落ちた拍子に割れた石の中には立派なアンモナイトの化石が含まれていた。鶏小屋で卵を取って家に戻ると、モリーが卵を鍋に放り込む。母が朝食の準備をしている間、メアリーは湿らせた布で体を拭く。2人が朝食を取り始めるが、モリーの卵は孵化しかけていたため即座に捨ててしまう。モリーの家は土産物屋を兼ねており、メアリーは閉店後も店で今朝採取したアンモナイトの洗浄を続けていた。扉を叩く者がいる。身なりの良い紳士とその連れ合いが入って来た。もう閉店しましたよ。メアリー・アニングさんですね。化石の専門家として学会でも名の通った貴方に憧れておりました。紳士はロデリック・マーチソン(James McArdle)という古生物学者で、妻のシャーロット(Saoirse Ronan)を伴い標本を求めてヨーロッパ周遊に出ていた。化石のブームは去ったでしょうとメアリーはつれない態度を示す。それにもめげずロデリックは、あなたが洞察力が発揮するところを目撃したいので採取に帯同させて欲しいと訴え、化石の代金やガイド料に加え、割増料金も払おうと提案する。いつの間にか店に姿を現していたモリーはロデリックの申し出に乗り気で、メアリーは承知する。
ロデリックはシャーロットとともにディナーでレストランに向かうが、ホールで演奏される音楽が妻にふさわしくないと判断して静かな部屋を店員に要求する。別室に通されたロデリックは自分の食事とワインを一通り伝えると、妻には焼いた白身魚をソースなしで提供するよう求める。ホテルに戻り、先にベッドに入ったシャーロットは夫が寝間着に着替える際に見せる恰幅が良く体毛の濃い体に視線を送っている。だが、ベッドに入った夫に縋ると、もう1人を拵える時期ではないだろうとセックスを拒まれる。
早朝の海岸。メアリーがビーチコーミングをしているところへロデリックが現れる。ロデリックはメアリーが何に着目しているのかを観察しながら、自らもめぼしい石を探していく。メアリーはロデリックの拾い上げた石を確認し、石の種類と化石の有無を指摘していく。1つだけ糞石があり、魚の化石が含まれていた。ホテルに戻ったフレデリックは、嫌がる妻を埠頭に連れ出す。軽度の鬱病を患う妻には外気に当たることが必要だと考えていた。私の周遊旅行に付いてくるべきではなかった。お前には明るく朗らかな妻に戻って欲しい。ロデリックはメアリーのもとに向かう。メアリーを療養のためにここに残して出かける。数週間、5週間を超えることはあるまいが、メアリーの世話をしてもらいたい。身の回りのことはホテルでメイドにやらせるから、浜辺で私にガイドしてくれたように妻に接してくれたらいい。相応の謝礼は支払う。メアリーはシャーロットの散歩相手を務めることになった。
以下では、作品の核心についても触れる。
メアリー・アニング(Kate Winslet)とシャーロット・マーチソン(Saoirse Ronan)とが惹かれ合う様を描いた作品。
冒頭の床を磨くシーン、モリー(Gemma Jones)が死産した子供の代わりとして大切にしている置物を磨くシーン、メアリーが化石をクリーニングするシーン、さらにメアリーが汚れた手をスカートで拭うシーンなど、触覚を強調するシーンが繰り返し現れる。(恋愛関係にあった)シャーロットが去った後、モリーがメアリーにこれからは1人で磨くしかないと言い放つ通り、触覚に拘わるシーンは性愛における行為を暗示し、連想させるもの。
1人暗い部屋でベッドに横たわったり、早朝曇り空の下、冷たい風の吹く海岸で1人ビーチコーミングをしたりと、メアリーの孤独と画面の暗さとが重ねられる。暗い画面は延々と続き、メアリーがシャーロットと行為に及んだ後、ようやく現れる明るい海(画面)が極めて印象的である。
セリフを最小限に絞り、昆虫などのモティーフを挟み込むことで、キャラクターの状況を表現しているのが良い。
医師(Alec Secareanu)の主催する音楽会でシャーロットがエリザベス・フィルポット(Fiona Shaw)と打ち解けて親しげに会話を交わすのを見たメアリーが、激しい嫉妬に駆られるともに、貧しい境遇にある自分が上流階級の人と付き合えるはずがないと思い知らされる。この場面が後の展開にしっかり効いている。その嫉妬や焦燥は、映画『女と男の観覧車』(2017)でKate Winsletが演じたジニーを思い起こさせもした。
画面を支配する強い力を持つKate Winsletに対し、Saoirse Ronanが上流階級の(一見)線の細い女性を演じながら拮抗しているのは流石、いくつもの主演をこなしてきただけのことはある。2人が狂おしく体を求め合うシーンも説得力がある。
映画『アデル、ブルーは熱い色』(2013)、『キャロル』(2015)、『燃ゆる女の肖像』(2019)などの系譜に連なる秀作。