映画『ベル・エポックでもう一度』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のフランス・ベルギー合作映画。115分。
監督・脚本は、ニコラ・ブドス(Nicolas Bedos)。
撮影は、ニコラ・ボルデュク(Nicolas Bolduc)。
編集は、アニー・ダンシェ(Anny Danché)とフロラン・バッソー(Florent Vassault)。
原題は、"La Belle Epoque"。
皇帝ナポレオン3世(Éric Frey)をはじめとした貴顕が豪勢な晩餐のテーブルに着き、私生児だのホモセクシュアルだのといった話題で皮肉混じりの会話が交わされている。ある貴婦人が、傍に控えていたアフリカ系の召使い(Yves Batek Mendy)に目を留め、彼の肌に触れてみたいと訴える。恐る恐る触れた手を彼女が確認していたところ、21世紀の武装をした目差し帽の集団が場内に乱入し、散発的に銃撃を始める。震え上がった貴族たちは自らをムスリムだと言い始める。黒人の厚い唇を味わってみたいと言っていたホモセクシュアルの紳士(Urbain Cancelier)は、アフリカ系の召使いに突然、「唇を奪われる」。その通り、唇を噛み切られてしまうのだった。
ヴィクトール(Daniel Auteuil)が、息子のマキシム(Michaël Cohen)の家で行われているディナーの席上でヘッドホンを付けてタブレットの映像を見ている。マキシムの仕事仲間らと囲む長いテーブルの反対側には、妻マリアンヌ(Fanny Ardant)が息子とともに、ヴィクトールの反応を話題にしていた。映像は、マキシムの経営する会社が手がけるネット配信のドラマシリーズの1つだった。何だこれは。差別的じゃないか。ヴィクトールは妻子の予想した通りの反応を示す。諷刺ですよ、父さん。こんなもの誰が見るんだ? あなた、ネットで多くの人が見るのよ。マリアンヌは精神科医として成功し(ジークムント・フロイトの言葉を決め台詞のように用いる)、最近は息子の会社の技術を導入して、オンラインの相談プログラムのサーヴィス(フランス語と英語のみでドイツ語には非対応)も提供していた。
息子の家を出ると、雨が降っていた。ヴィクトールが先にマリアンヌの車の助手席に乗り込む。妻を車まで送ってきたマキシムは、ヴィクトールに封筒を手渡す。車が発進する。時折、カーナビの案内音声が車内に響く。2人の会話に割って入る。開けてみないの? どうせつまらないものさ。嫉妬してるのよ、あの子は成功しているから。息子に嫉妬する必要なんてあるか? 激しく言い合う2人。前を見て運転しろ! 自動運転なのよ。マリアンヌは突然、ブレーキを踏む。冷蔵庫に牛乳がなかったわ。買って来よう。ヴィクトールは雨の中、車を出る。マリアンヌはフランソワ(Denis Podalydès)に連絡を入れる。フランソワは、ヴィクトールの描く風刺漫画をかつて掲載していた新聞紙の発行人でもあった。4年前にネット配信に特化した際、ヴィクトールの連載を打ち切り、以来ヴィクトールは「開店休業」のイラストレーターとなっていた。フランソワはマリアンヌの患者であり、不倫相手でもあった。
かつて一世を風靡したイラストレーターのヴィクトール(Daniel Auteuil)は仕事を失い、精神科医として成功している妻マリアンヌ(Fanny Ardant)との関係も冷え切っていた。1人息子のマキシム(Michaël Cohen)から、彼の友人アントワーヌ(Guillaume Canet)が提供する体験型歴史アトラクション「時の旅人」のチケットをプレゼントされ、妻と出会った1974年5月のリヨンのカフェの再現をリクエストする。
妻のマリアンヌは、自動運転車に乗り、ヘッドマウントディスプレイで睡眠導入用の映像を見るなど、新しいものを取り入れることに吝かでは無い。その設定によって、ペンを走らせてイラストを描き、ページを繰って本を読むヴィクトールの旧態依然とした姿が強調される。また、再現された「1974年」でマルゴという女優が演じる「マリアンヌ」(Doria Tillier)と出会い、彼女との再会を繰り返したいがために、現実世界に適応しようと奮闘する。
現在の(年老いた)姿のまま「過去(1974年)」で「若者」として扱われるからこそ、ヴィクトールは過去と現在を融通無碍に往き来でき、ひいては役柄の「マリアンヌ」と役者の「マルゴ」の境無く愛することができるのだろう。
外見を変えること無く、気持ちが変わることで人生を一変させてしまう物語としては、映画『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』(2018)が秀逸。