可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『83歳のやさしいスパイ』

映画『83歳のやさしいスパイ』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のチリ・アメリカ・ドイツ・オランダ・スペイン合作映画。89分。
監督・脚本は、マイテ・アルベルディ(Maite Alberdi)。
撮影は、パブロ・バルデス(Pablo Valdés)。
編集は、キャロライナ・シラキアン(Carolina Siraqyan)。
原題は、"El agente topo"。

 

「求む高齢者」と80~90代の退職者を募集する広告がサンティアゴの新聞に載る。応募した高齢男性たちが面接を受けにA&A探偵事務所に集まった。この年齢で切られない求人条件は珍しいですな。まだまだ若いと自分では思っとります。家にWi-Fiを引いとるがネットは私には必要ないね。スマホを渡され操作に苦戦する応募者たち。職務内容は、サンティアゴ近郊のエルモンテにある聖フランシスコ老人ホームに入居者として3ヶ月間潜入し、依頼人の母が虐待を受けている証拠をつかむというものだった。83歳のセルヒオ・チャミー(Sergio Chamy)に探偵のロムロ・エイトケン(Romulo Aitken)が尋ねる。家族は反対しませんか? 3人の子供は所帯を持っているし、私は4ヶ月前に妻に先立たれたんだ。採用されたセルヒオは、ロムロから、スマホでの通話やメッセージのやりとり、ペンに仕込んだカメラの操作、連絡の際の隠語などの説明を受ける。ロムロはセルヒオの娘ダラルを招いて高齢の父親を任務に就かせることの可否を確認する。父が法に触れることはないんですか? 依頼人との間で秘密保持契約を結んでいますから、問題ありません。セルヒオは娘に告げる。買い物と散歩で街を歩くのにも飽きた。母さんのことをいちいち思い出すこともなくなった。今は生き甲斐を感じているんだ。セルヒオはロムロや娘や孫娘を伴って聖フランシスコ老人ホームを訪れる。スタッフから施設の案内を受け、セルヒオの内偵生活が始まる。

 

虐待を探知するために老人ホームに送り込まれたセルヒオ・チャミー(Sergio Chamy)が入居者たちと触れあう姿を通じて、老人ホームで生きることを描く異色の「ドキュメンタリー」作品。
探偵のロムロ・エイトケン(Romulo Aitken)からセルヒオが隠しカメラの操作について説明を受ける際、セルヒオのカメラからロムロの周りにいる映画の撮影クルーが2度ほど映し出される(1度だけなら「間違い」もありえようが、2度目で偶然ではないと確信できる)。また、セルヒオ一行が到着するシーンの直前に、老人ホームを訪れる撮影スタッフや、施設から出して欲しいと鍵のかかったフェンスの前で撮影スタッフ訴える入居者、私たちの会話も撮影スタッフに筒抜けねと語り合う入居者たちの姿が映し出される。これらのシーンが「ドキュメンタリー」であることを伝えるが、「フィクション」として鑑賞することもできるだろう。
伴侶を持つことなく年を重ね長く入居しているベルタ、記憶が消えてしまうルビラ、「母」が迎えに来てくれることを待つ「子供」になったマルタ、優れた詩才を誇るペティタ、そして彼女たちと交流する「紳士」のセルヒオたちの姿を前に、「ドキュメンタリー」であるか「フィクション」であるかといった区別は意味を成さない。