映画『ドーナツキング』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。98分。
監督・撮影は、アリス・グー(Alice Gu)。
脚本・編集は、キャロル・マルトリ(Carol Martori)。
原題は、"The Donut King"。
カリフォルニア州サンタモニカ。朝4時。DKドーナツでは仕込みが始まっている。メイリー・タオは言う。移民の家族経営の店なら、子どもたちが早朝から店の手伝いをさせられるのはよくある話よ。
カリフォルニア州にある個人経営のドーナツ店。そのほとんどは、カンボジア系アメリカ人のものだ。その礎を築いたのがテッド・ノイ。
好々爺という言葉がふさわしいテッドがドーナツ店に入る。ショーケースには色取り取りのドーナツが並ぶ。僕はグレーズ・ドーナツが一番好きなんだ。テッドが提供されたグレーズ・ドーナツを頬張る。
テッドがアメリカに渡って間もない頃、ガソリン・スタンドで働いていると、美味しそうな匂いが漂ってきた。同僚がその匂いがドーナツのものだと教えてくれた。車が途絶えると、テッドはドーナツ店に駆け込む。一口食べてすぐにドーナツを気に入った。店を開くには3000ドルで足りるか?
テッドは西海岸で大手のドーナツ・チェーン「ウィンチェル・ドーナツ」で2ヶ月間修行し、半年後には店を任せられていた。
カリフォルニア州にあるカンボジア系アメリカ人のドーナツ店の誕生から今日までの歴史を、その基礎を築き「ドーナツ・キング」と称されたテッド・ノイの半生を中心に描くドキュメンタリー。ニュース映像やアニメーションなどを織り交ぜながら、音楽を効果的に用いてテンポが良い。
以下、全篇について触れる。
テッド・ノイは妻子らとともにポル・ポト派が実権を握ったカンボジアを逃れてアメリカに渡った。フォード大統領がカンボジア難民の受け入れを表明したためだ。難民キャンプを出るのに必要な保証人がなかなか見つからなかったが、教会が引受け手となってくれた。教会の雑用、ガソリン・スタンドなど様々な仕事をしたが、「ウィンチェル・ドーナツ」の仕事が軌道に乗ると、ドーナツ店経営に専念し、やがて独立を果たす。店の名前には「クリスティ」という妻の名を冠した(なお、「テッド」も「クリスティ」もアメリカで改めた名前)。家族総出で店を切り盛りし、人件費を抑えたことが「クリスティ」の成功の秘訣だった。そのノウハウを自らが保証人となったカンボジア難民に伝え、ドーナツ店を買い取って経営を任せることで、カリフォルニア州には「ウィンチェル・ドーナツ」に代わって「クリスティ」が急速に店舗を拡大していった(最盛期には60店舗を超えた)。
中国からカンボジア人に嫁いだテッドの母はクメール語が話せず、夫と別れた後は苦労して子どもたちを育てた。汽車でタイに向かって品物を仕入れて売る仕事に従事し、節約して学費を捻出した。高校に通うことのできたテッドは、同級生であった美しいクリスティに惚れ、軍の高官である彼女の父からは拒絶されたが、見張りのいる彼女の屋敷に忍び込んで思いを遂げ、結婚するに至ったという。危険を顧みずチャレンジするテッドの習性が、彼を「ドーナツ・キング」として成功させるとともに、安定によってスリリングな感覚に飢えた彼を破滅に導くことにもなった。
フォード大統領やカーター大統領がアメリカが移民によって発展してきたことを示して難民の受け入れを訴えているシーンの挿入が、トランプ大統領のアメリカを目撃した現在では、極めて印象的に映る。アメリカが移民の国であることをこそ、監督は訴えようとしているのだろう。新型コロナウィルス感染症が猖獗を極め、改めて世界が地続きであることを思い知らされた。沈没する島国も、もし浮上を望むなら、開国を真剣に検討すべきだろう。