可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 森村泰昌・三嶋りつ惠二人展『わたしはどこに立っている』

展覧会『森村泰昌・三嶋りつ惠「わたしはどこに立っている」』を鑑賞しての備忘録
シュウゴアーツにて、2021年10月30日~12月18日。※当初会期(11月27日まで)を延長。

森村泰昌の「自画像の美術史」シリーズのセルフ・ポートレート作品6点と、三嶋りつ惠がそれぞれの作品に触発されて制作したガラス作品を取り合わせて展示する企画。

森村泰昌の《自画像の美術史(赤いターバンのファン・エイク)》(320mm×250mm)(2016/2018)は、ヤン・ファン=エイク(Jan van Eyck)のナショナル・ギャラリー(ロンドン)所蔵の《ターバンの男の肖像(Man met rode tulband)》に基づくセルフ・ポートレイト作品。赤いターバンを載せた作家の、やや左側に顔を向けてレンズ(鑑賞者)を見据える様が闇に浮かぶ。

 ところで一般的にいって、私の姿を私自身がたしかめるというのは、以外にむつかしいものである。手や足だけなら、私はそれらの身体の部位を自分のめで確認することはなんとか可能だが、自分自身の顔を自分で見ることは、私が私の身体の外部に遊離しているのでなければ不可能だろう。その不可能を可能にしてくれる魔法が鏡である。鏡があってはじめて私は私自身の外化を可能にし、その外化した「わたし」をいわば凍結保存するぎじゅつが絵画なのだともいえる。
 (略)
 (略)そしてやがて、透明かつフラットなガラスの裏側に水銀箔を蒸着させて、私たちが今日知るような鏡がつくられたのが、まさに15世紀であった。
 このクリアな鏡の登場によって、おおきな意識革命が人類にもたらされた。自分の姿がぼんやりとしか映らない鏡の時代では、人間は自分の姿を自分自身でしっかり見さだめることがむつかしかった。その“わからなさ”を解決してくれる視座が神であった。
 ところがクリアな鏡の登場によって、自分自身が何者であるかをわからせてくれるものが神以外にもうひとつ出現することになった。人間である私が、鏡のなかに私自身の赤裸々な姿を見いだすことになる。神の視座とともに、人間の視座があらわれた。これが鏡の時代とでもいうべき15世紀におこったおおきな意識革命だった。
 ヤン・ファン・エイクの絵をみるときに感じる、まるで視力10.0とでもいうべき、あるいは8Kかと見まがうばかりのおどろくべき鮮明度は、肖像画であれ宗教画であれ、森羅万象(当然画家そのひともふくめ)をみごとにくっきりと映しだす鏡の存在とけっして無関係ではないだろう。
 《赤いターバンの男》〔引用者註:ヤン・ファン=エイクの《ターバンの男の肖像》に同じ〕がほんとうに画家の自画像であるのかどうかはわからない。しかしこの絵が、神の視座から人間の視座へと自己認識の位置が確実に変化した時代に描かれた絵であること、つまり「わたし」を見さだめるのは、この私という人間であるという、“自画像的な感覚を持つ絵”であるということ。これは確実にいえるような気がする。(森村泰昌『自画像のゆくえ』光文社〔光文社新書〕/2019年/p.48-49, p.51-52)

《自画像の美術史(赤いターバンのファン・エイク)》の前に置かれているのは、三嶋りつ惠の《BONBONIÉRE》(510mm×210mm×210mm)(2021)である。蓋と三ツ足の付いた円柱状の透明なガラス容器の中に、ガラスの球体が入れられている。タイトルから、このガラス器がお菓子の容器「ボンボニエール」であり、球体がキャンディーを表すことが分かる。おそらくは、森村がヤン・ファン=エイクの《ターバンの男の肖像》から読み取った「おどろくべき鮮明度」、すなわち「可視」性を「菓子」と洒落たのである。それでは、ガラス球に混じる1頭の蝶(un papillon)は何を表すのか。「胡蝶の夢(Le Rêve du papillon)」であろう。器が表す人間と、「お菓子の国」すなわち夢である容器の中の蝶と、どちらが「わたし」であるのかとの問いかけである。

森村泰昌の《自画像の美術史(ゴッホ/青)》(640mm×530mm)(2016/2018)は、フィンセント・ファン=ゴッホ(Vincent van Gogh)のオルセー美術館所蔵の《画家の肖像(Portrait de l'artiste)》(1889)に基づくセルフ・ポートレイト作品。後ろに撫で上げられた髪、頬・口・顎の髭の茶色によって、やや左に顔を向けて鑑賞者(レンズ)を見つめるゴッホ(森村)の顔が囲われて引き立てられている。顔の影が緑で表されているところなども共通している。ファン=ゴッホ作品が全体的にエメラルド・グリーンでまとめられているのに対して、森村作品の背景は青に変更されている。また、背景の渦は森村作品の方がよりはっきりと巻かれている。ところで、チョン・ダウンは個展「ヴィンセント ヴィンセント ヴィンセント!」(2021)において、《糸杉と星の見える道(Cypres bij sterrennacht)》に描かれた糸杉にロケットの発射のイメージを重ねるなどして、ファン=ゴッホを宇宙飛行士に擬えた。それを見て今更ながら気付かされたのは、《夜のカフェテラス(Caféterras bij nacht)》や《ローヌ川の星月夜(Sterrennacht boven de Rhône)》を持ち出すまでもなく、ファン=ゴッホはひまわり、すなわち向日葵(仏語Tournesolも同様に「太陽を向く」)の画家であったということだ。ファン=ゴッホは常に宇宙を視界に捉えていたのである。翻って、《画家の肖像》の背景に描かれた渦巻は、渦状腕を持つ銀河と解することができる。そして、イームズ夫妻(Charles and Ray Eames)がその映像作品《パワーズ・オブ・テン(Powers of Ten)》において鑑賞者をしてマクロコスモスとミクロコスモスとの間を往還させたように、銀河の回転から量子のスピンまで、極大の世界と極小の世界とがともに回転していることを思わざるを得ない。

 ゴッホ宮沢賢治はよく似ている。そのようにうすうす感じてきたひとはおおいのかもしれないが、私もそのひとりである。
 (略)
 宮沢賢治は“イーハトーブ”という造語をつくったひとである。賢治の思い描いた理想郷の名前である。“イーハト”という部分が、賢治の郷里である岩手の“イハテ”と似ているという説もある。賢治にとって、理想郷は東北の岩手だった。当時の岩手は冷害などに悩まされるきびしい土地柄だったが、賢治はこの地をあえて理想郷としてさだめたのであった。
 いっぽうのゴッホは芸術家たちの理想郷をアルルに実現させようと夢見た。その理想郷のモデルが“日本”であった。
 岩手に根ざす賢治のイーハトーブと、ゴッホの、こういってよければ架空の桃源郷ジパング”。泥だらけのジャガイモを割れば、なかから美味で栄養価が高く、金色にかがややくユートピアが出現するはずである。この、暗い現実をかがやける黄金郷へといっきに読みかえる反転力が、ふたりにはおなじようにそなわっていた。(森村泰昌『自画像のゆくえ』光文社〔光文社新書〕/2019年/p.377-379)

森村が指摘する通り、確かにファン=ゴッホ宮沢賢治とには通じるものがある。

 あらためて私は思います。宮沢賢治はミクロコスモス(小宇宙)である、と。花巻という地球上の一点に定住し、樺太方面と東京方面にかすかに振れながらも、岩手という花崗岩に根差した小さくも聖なる拠点を守りぬき、そこからイーハトーブという幻想世界(=平行世界)へと鏡を伝って少女アリスのように彷徨い出ていった詩人。その意識の限界のなさによって、賢治の生涯は1つのミクロコスモスを形作っています。花巻から盛岡、さらに北へ青森、北海道、サハリン、幻のベーリング……。あるいは、太平洋の海を越えてアメリカの平原へ。さらにはインドの沙羅双樹の茂る林間へ。賢治とは、極小世界のなかに全宇宙を内蔵させた、それ自体が永遠に夢幻回転する想像力の複合天体です。それは極小であることによって、極大の宇宙をかたちづくることができるのです。今福龍太『宮沢賢治 デクノボーの叡知』新潮社〔新潮選書〕/2019年/p.6)

宮沢賢治が「永遠に夢幻回転する想像力の複合天体」であるなら、ファン=ゴッホもまたそうであろう。だが、「王様は裸だ」と指摘することは許されないように、目に映る回転をそのまま表してしまうと、あたかもE.T.A.ホフマンの小説「砂男」のナタニエルのように、狂人として扱われてしまうのだ。

《自画像の美術史(ゴッホ/青)》の作品の横にある窓台には、三嶋りつ惠の6個のガラス容器《BOTTLES & BOWL 2021》(2021)が置かれている。「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」(創世記第2章第7節)との説に従えば、三嶋作品は吹きガラスであるから、息を吹き込まれるガラスは人のメタファーとなっている。しかも成形のために吹き竿の先で熱されたガラスは回転させられるのだ。ガラス器は人の姿と回転とによって《画家の肖像》に通底するのである。