可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『雨とあなたの物語』

映画『雨とあなたの物語』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の韓国映画
117分。
監督は、チョ・ジンモ(조진모)。
脚本は、ユ・ソンヒョン(유성협)。
撮影は、ユ・イルスン(유일승)。
照明は、ユ・ソンムン(유석문)。
美術は、キム・ヒョンオク(김현옥)。
音楽は、キム・ジュンソク(김준석)。
編集は、キム・サンボム(김상범)。
原題は、"비와 당신의 이야기"。

 

パク・ヨンホ(강하늘)が、夜の人気のない公園のベンチに座っている。梢の向こうに見えるビルの電光掲示板には「さよなら2011年。あと1日。」との表示が流れている。ヨンホが持ってきた紺色の傘を広げると、女性を斜め後ろから捉えた絵が描かれていた。
店から女性客が犬を伴って出てくる。ヨンホが犬用の小さな傘を取り付けてやる。女性は犬を連れて立ち去る。建物は古いが、店内には色とりどりの傘が並び華やかだ。ヨンホは椅子に腰かけると、絵具のチューブを絞り、絵筆にとって傘に絵を描き始める。背後の壁にはヨンホのエスキースがいくつも貼り付けてある。水に纏わるものばかりで、中に蛇口から垂れる水滴を描いたものがある。
小学校の運動会。徒競走でヨンホ(고우림)が一生懸命に走っている。次々と抜かされていくヨンホは転んで肘を怪我する。ヨンホが水飲み場の水道で肘の怪我を洗っていると、体操着の胸に「공소연(コン・ソヨン)」と書いてある少女(최명빈)がハンカチを差し出した。戸惑うヨンホは、咄嗟に彼女が自分と同じ青組でなく白組であることを指摘する。すると彼女は帽子をひっくり返して青色にして被り、ヨンホにハンカチを渡すと微笑んで去って行った。
2003年春。予備校の教室。数学の講師(김성균)は教壇に立つと、教室を埋め尽くす受講生に向かって二浪の奴は手を挙げろと告げる。何人かが手を挙げる中、ヨンホも小さく手を挙げていた。講師は二浪の受講生を「堆積岩」呼ばわりする。講師は黒板の脇に袋をぶら下げると、受講生に訴える。世の中には少数の勝ち組と多数の負け組がいる。どうせなら早くドロップアウトして社会人になった方がいい。受験を辞めるなら黒板脇の袋を持っていけ。餞別の100万ウォンが入ってる。1人も席を立つ者はいない。
ヨンホが昼食に屋台でおでんを食べていると、隣にスジン(강소라)が入ってくる。彼女はカップにスープを入れて飲むとヨンホに話しかける。あんたも二浪でしょ。見た顔だもん。ヨンホはしらばっくれるがスジンは気にしない。オムク(練り物〉の串を頬張ると、財布忘れたから奢ってとヨンホにねだる。スジンは食べ終えると、もう一本を手にして屋台のおばちゃんにごちそうさまと告げて去って行く。
予備校から帰るヨンホにスジンが付いてくる。交通費もないの? それは大丈夫。それにしてもヨンホって平凡な名前じゃない? あ、バスが来た! ヨンホがバスの座席に着くと、スジンが外でバスが発車するのを待っている。ヨンホは窓を開けると、スジンに告げる。君の名前も平凡だと思う。
ヨンホの家は皮工房で、職人である父(이양희)が1人で切り盛りしている。名門大学出身のビジネスマンである兄ヨンファン(임주환)が訪れ、父に店を畳んで売却し投資で生活するよう説いているところへヨンホが帰宅した。父の臑を囓って浪人生活を送るヨンホに、勉強するなら自分の金でしろとエリートの兄は厳しい。
ヨンホは自室で問題集に取り組むが悉く不正解。自分のことながら失笑を禁じ得ない。速度の問題の図を眺めていると、ヨンホの脳裏に小学校の運動会の記憶が蘇る。
友人のジョングク(고건한)から携帯電話を売り込まれたヨンホは、コン・ソヨンという同級生を覚えているか尋ねる。そして、小学校の教師をしているジョングクの母(우정원)にソヨンの連絡先を聞き出すよう頼む。
プサン古書店。コン・ソヒ(천우희)が品出しのために検品していると落書きが見つかる。ソヒは母(이항나)に仕入れの際のチェックをしっかりするよう求めると、疲れてしまっていちいち見ていられないと言う。ソヒは姉ソヨン(이설)の見舞いは私が行くと母に告げる。

 

大学受験に2度失敗した予備校生パク・ヨンホ(강하늘)は、実現したい夢がはっきりせず、勉強に身が入らない。小学生のときに怪我をした自分にハンカチを手渡してくれたコン・ソヨンのことが思い出されたヨンホは、友人のジョングク(고건한)の母(우정원)が小学校の教師をしていることから連絡先を知り、一か八か手紙を送ってみることにした。ヨンホの手紙は無事コン・ソヨン(이설)に届いたが、病気のためにわずかに指を動かすことくらいしかできず手紙の読み書きが叶わなかった。妹のコン・ソヒ(천우희)が代わりに読み上げ、姉の代わりに返事を認めることになった。ソヨンからの返信に小躍りしたヨンホだったが、文面には質問や面会は受け付けないとの条件が記されていた。文通を重ねるうち、ヨンホはソヨンに会いたい気持ちを募らせていくのだが……。

手紙や本やレコードは、電子データへと置き換わっていく。技術は物の姿を次々と変容させていく。だが、雨を避けるための道具である傘の形はどうだろう。本作品は、時を重ねても変わらない大切な何かの象徴として傘を取り上げている。ヨンホが傘職人になるのは、普遍的な価値を守る存在であろうとすることを選び取ったということだろう。苦しい状況(「雨」降り)に陥った「あなた」に差し出す「傘」――例えば、スジンに差し出した、内側にオーロラが描かれた傘のような――を用意できる人になろうとしているのだ。