可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 間瀨結梨奈個展『しゃぼんのまきば』

展覧会『間瀨結梨奈「しゃぼんのまきば」』を鑑賞しての備忘録
Bambinart Galleryにて、2022年2月23日~3月12日。

14点の絵画で構成される、間瀨結梨奈の個展。

冒頭に展示される《D.C.》(530mm×455mm)は、ベージュの画面に、馬とその首に腕を回して抱きつく少女の後ろ姿だけを茶色の色鉛筆で表わした作品。地塗りは日焼けのような経年変化を装っている。左上から右下への対角線上に馬の頭部(capo)と少女の頭部(capo)が位置し、馬と少女の姿はその対角線を斜辺とする三角形にほぼ収まる。馬は左側に向かう姿が横から描かれていて、少女に顔を近づけるように首を捻っている。ワンピース姿の少女は裸足で、大きな馬にしがみつくために左足がつま先立ちになっている。馬の首の撚り、少女のつま先立ちに加え、少女の脚のあたりに重ねられた描線が、1頭と1人が寄り添う瞬間の動きを静かに伝えている。無辺の世界で1頭と1人だけの世界であることは、他の作品を見てからこの作品に戻れば("D.C.(da capo)"は「冒頭へ戻れ」の演奏記号である)、よりはっきりとするだろう(因みに作家の音楽への関心は、3頭の眠る羊の中に二分休符を表わし、なおかつ五線譜を画面に描き込んだ、その名も《ひつじの休符》(455mm×380mm)からも明らかである)。本作には画面内を仕切ったり囲ったりする表現が見られないからである。右上に然り気無く描き入れられた二つの十字は、連星であろうか。1頭と1人の宿縁を示すとともに、馬と少女とに微かな光を注いでいる。
D.C.》と同じテーマを扱うのは、月明かりの中で向かい合う馬と少女とを描いた《青い月の日に》(530mm×455mm)である。石ないし煉瓦を組み上げた柱とアーチとが画面を取り囲む壁龕のような空間は、煌々と輝く青い満月によって黄色い光に満たされ、シルエットとなった馬と少女の姿が浮かび上がる。月光の強さは、画面手前に向かって延びる濃い影に示される。光の前では、馬と少女と区別はない。1頭と1人とは溶け合う。馬と少女の足元には青い光が射し、青い月の引力によって地面から浮遊している(levitating)ようにも見える(意外にDua Lipaの"Levitating"に通じる世界が描かれているのだろうか)。

《まわり》(455mm×380mm)という作品には、そのタイトルから「身の回り」の光景をモティーフとしたことが窺えるが、緑色の椅子の座面に置かれた玩具(人形)のような青い馬(『青騎士』、そしてワシリー・カンディンスキーを介して、音楽と絵画との繋がりを連想させる)と、同じ椅子の笠木の上に置かれた置物らしきピンクの風車とが描かれている。この作品の関連作品と思しき《かざみうま》(455mm×380mm)には、緑色の丘のような場所に立つ馬が描かれている。「丘」は緑色の椅子の背であり、その背に置かれた馬は、《まわり》の風車のイメージが重ねられて、風見の役割を果たすのだろう。例えばボレアース(北風)と馬とが結び付けられているように、疾駆する馬には容易に吹き付ける風のイメージを重ねられる。そして、風がアネモイ(風の神々)の息であるなら、息が吹き込まれることは『創世記』よろしく命を宿すことにもなろう(『創世記』第2章第7節参照)。玩具の馬は、風車によって命の息を吹き込まれ、風見馬へと変貌を遂げ、椅子ならぬ丘の上で風を受けるのだ(なお、風車と馬のイメージは《ふうしゃのチャイム》(910mm×727mm)にも登場する)。

表題作の《しゃぼんのまきば》(1455mm×1120mm)には、柵に囲まれた土地に佇む2頭の馬と、その背後に浮かぶ巨大なシャボン玉とが描かれる。風に乗って境界を易々と越えるシャボン玉には息(≒命)が吹き込まれている。シャボン玉は、作家が生み出す作品の象徴だ。場所ごとの景観を映しながら、遠くまでメッセージを届けることが期待されている。それはまた、軽々とボーダー(五線譜)を越えて連なる玉(音符)でもあるのだろう。