映画『ナイトメア・アリー』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。
150分。
監督は、ギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)。
原作は、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの小説『ナイトメア・アリー 悪夢小路(Nightmare Alley)』。
脚本は、ギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)とキム・モーガン(Kim Morgan)。
撮影は、ダン・ローストセン(Dan Laustsen)。
美術は、タマラ・デベレル(Tamara Deverell)。
衣装は、ルイス・セケイラ(Luis Sequeira)。
編集は、キャメロン・マクラクリン(Cam McLauchlin)。
音楽は、ネイサン・ジョンソン(Nathan Johnson)。
原題は、"Nightmare Alley"。
ガランとした古い住宅のリヴィングに窓から西日が射し込む。スタントン・カーライル(Bradley Cooper)が布に包んだ遺体を引き摺って床に空けた穴に落とし込む。スタントンは壁に擦りつけて着火したマッチで煙草に火を付けると、マッチを穴に落とす。瞬く間に部屋に火が燃え広がる。スタントンはバッグを手に、燃え上がる一軒家を背に悠々と丘を降っていく。
バスに乗り込んだスタントンは気が付くと眠りに落ちていた。ブレーキがかかり、ドアが開く。終点だよ。荷物を持って降りてくれ。すっかり日が暮れて、遠くに稲光が見える。バス停前のカフェの裏手に設営された移動遊園地に小人症の男(Mark Povinelli)がそそくさと入っていく。スタントンも誘われるように遊園地に足を踏み入れる。
世界最大の娯楽ショーへようこそ。ゾクゾクするアトラクションの数々は老若男女が楽しめるよ。さあ急いだ急いだ。ご覧下さい、東洋の美を。教養と目の保養のために禁制の舞踏を再現しております。アトラクションのテントがひしめく中、人混みを抜けていくと、スタントンは怪しげな呼び込みに引き寄せられる。世にも奇妙な存在を目撃する最後のチャンス。しかしながらご承知おき願いたい、この展示はあくまでも科学と教育のみを目的としておりますことを。一体どこからやって来たのか。獣なのか人間なのか。さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。スタントンがテントに入ると、柵で囲われた円形の穴が設えられていた。クレム・ホートリー(Willem Dafoe)が熱弁を振るっている。この生き物は欧米の一流の科学者たちによって調査され、人間であると断定されました。歴とした人間なのです。飲まず食わず、霞のみで何週間も生き長らえるのですが、皆さんは運がよろしい。今晩、最後の給餌を行なうことになっているのです。このアトラクションには追加料金がかかります。1ドルでもなく、50セントでもなく、25セント。4分の1ドルで男が鶏を捕食するのを目撃できます。赤子が母親の乳を吸うように爬虫類や鳥の血を啜るのです。クレムが穴の中に鶏を投げ入れる。穴の中に姿を表わした獣人(Paul Anderson)が鶏に飛びかかって摑む。しばらくの間躊躇していたが、獣人は思い切って鶏の首に噛み付く。鮮血が迸る。
女性が観客から25セントを徴収しているのを横目にスタントンはテントの裏へ抜ける。おい、お前、バス停の間抜け野郎。付けて来たろう、何でだ? 小人症の男がスタントンを見咎める。一緒にいるのは対照的に大柄な男(Ron Perlman)。お前、どこの者だ? 真っ当か? 仕事が欲しいのか? 戯言ほざきやがるぜ。クレムがやって来て、小さな男に声をかける。待ってくれ、「大佐」。クレムはスタントンに話しかける。嵐が来る。早く片さなきゃならん。だが人手が足らん。きついが1ドル手にしてからずらかったらどうだ?
雨風が強くなり、雷鳴が轟く中、人々がずぶ濡れになって移動遊園地を片付けている。テントを畳み、荷物をトラックに載せる。作業が終わると作業員はクレムの前に列を作り、1ドルを受け取っていく。スタントンには75セントが支払われた。お大尽さんよ、数えるのを手伝ってやろうか。獣人ショーの代金が抜いてあるんだよ。そうだろう、俺はお前さんを見たんだ、間抜け野郎。黙って立ち去るスタントンにクレムが声をかける。おい、待て、ラジオに5ドル出すぞ。これから20マイル先の遊園地に向かう。そこに着いたら5ドルにあったかい食事も食わせてやる。
移動先の遊園地には「10セント・風呂」と表示した家があった。他の連中が談笑して食事をとる中、スタントンは1人黙々と卵とソーセージを口に運んでいた。そこへクレムがやって来る。ラジオ風来坊、来てくれ。獣人が逃げ出した。あいつを見付けたら1人で捕まえるなよ。他の連中とともに懐中電灯であちこちを照らしながら獣人を捜すクレムとスタントンは、「罪人」を呼び込む地獄巡りのアトラクションへとやって来た。お前さんは、そっちだ。あいつがいたら抑え込め。向こう側で会おう。仕掛け扉を通り抜けると、暗い空間に観客を驚かせようとするおどろおどろしい装置がある。鏡には罪人の姿を見ろと書かれている。スタントンは奥に獣人の姿を見付けた。おい、みんながお前さんを捜してるぜ。笛を鳴らすつもりは無い。お前さんは俺に何もしなかった。出てこないか。出てこいよ、殴ったりしねえからさ。こんなんじゃねえ、俺はこんなんじゃ。ぶつぶつと呟く獣人は、近くにあった大きな石を摑むと、スタントンに飛びかかり頭にぶつける。スタントンは堪らず反撃に出て、何度も獣人を殴りつける。おい、殺すつもりか! 慌てて駆け付けたクレムが獣人に馬乗りになっているスタントンを止める。死んだか?
2人は獣人をテントの隅にある檻の中に運び入れ、クレムが鍵をかけた。獣人は暴れ、うなり声をあげる。クレムは檻の近くの棚に並ぶ瓶をスタントンに紹介する。とくとご覧あれ、宇宙における説明不可能な謎を。1つ1つの瓶にはアルコール漬けにされた畸形の胎児が収められていた。中央に1つだけ独立して展示されている瓶には、額の中央に瘤のある胎児で、クレムはそれを「エノク」と呼んで得意気に紹介した。檻からは俺はこんなんじゃないという声が漏れ聞こえる。あいつは人と獣のどっちなんです? 人っていうのはな、気分が良くなりたいからってだけで散財するもんさ。クレムはスタントンが獣人から殴られた疵を確認する。瓶の後ろにマットレスがある。今晩はそこで寝て構わんよ。雨を避けられるだろ。そうだ、その角を回り込んだところだ。スタントンが地面に敷かれたマットレスを見付けたところで、クレムが再び声をかける。残って働きたいって気はあるか? お前さんが何者か、何をしたかなんてここにいる奴は誰も気にしやしないさ。
殺人を犯し、行き場の無いスタントン・カーライル(Bradley Cooper)は、偶然立ち寄った移動遊園地で、興行師クレム・ホートリー(Willem Dafoe)に拾われる。かつてフランスで巡業していたピート(David Strathairn)とジーナ(Toni Collette)の夫婦のショーを手伝ううち、スタントンはピートから読心術の手解きを受ける。スタントンは、感電ショーのモリー・ケイヒル(Rooney Mara)に心を奪われ近付こうとするが、彼女の父親代わりのブルーノ(Ron Perlman)がモリーに変な虫が付かないよう目を光らせていた。虐待容疑でクレムを逮捕しようとした保安官(Jim Beaver)を読心術で言いくるめることに成功したスタントンは、読心術で独立できると確信し、モリーとともにクレムの一座を離れ、巡業の旅に出る。
スタントンの運命は始めから定まっている。家の床に穴を空けて、そこに死体を転がすと、スタントン自らもまた転げ落ちていく。丘の斜面を降り、バスに揺られ、移動遊園地へ、そこには数々のアトラクションが立ち並ぶが、スタントンは獣人ショーのテントへと流れ着く。そこには獣人のための大きな穴が空いていて、スタントンが落ちてくるのを待っているのだ。全てはクレムやジーナの言葉――宇宙の秩序であり、その予告である――の通りに進んでいく。モリーとの約束を違え足を踏み外すのもまた、彼が歩まねばならない悪夢の隘路である。だが夢では無く現実なのだ。