可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ノースマン 導かれし復讐者』

映画『ノースマン 導かれし復讐者』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
137分。
監督は、ロバート・エガース(Robert Eggers)。
脚本は、ショーン(Sjón)とロバート・エガース(Robert Eggers)。
撮影は、ジェアリン・ブラシュケ(Jarin Blaschke)。
美術は、クレイグ・レイスロップ(Craig Lathrop)。
衣装は、リンダ・ミューア(Linda Muir)。
編集は、ルイーズ・フォード(Louise Ford)。
音楽は、ロビン・キャロラン(Robin Carolan)とセバスチャン・ゲインズボロー(Sebastian Gainsborough)。
原題は、"The Northman"。

 

暗闇の中、濛々と噴煙を上げる火山。稲妻が光る。
聞け、神々の父、オーディンよ。糸を紡ぐノルンが人間の運命を支配していた過去の影を召喚せよ。ヘルの炎の門で鎮めれた王子の復讐を聞け。ヴァルハラに運命付けられた王子。聞け。
895年。北大西洋。重い雲が垂れ込め雪がちらつく。海を大きなカラスが渡る。帆を張った船団が岬の城塞へ向かう。城壁に立つアムレート王子(Oscar Novak)が父王の帰還を喜ぶ。城館に駆け戻ったアムレートは母であるグートルン王妃(Nicole Kidman)の部屋に飛び込む。勝手に私の部屋に入ってはなりません。侍女が王の帰還を告げると、王妃は息子を伴い王を出迎えに向かう。
白馬に跨がったオーヴァンディル王(Ethan Hawke)を先頭に、軍勢が城門を潜る。城館へと続く坂道には、小雪の舞い散る中、見物人が集っている。大鴉王万歳! 王を讃える声が響く。隊列の中には、戦地で獲得した奴隷たちの姿もある。
城館に入ると、オーヴァンディル王は、戦の大鴉、万歳と出迎えられた。馬を下りた王が王妃と王子と対面する。飼い主のもとに帰る闘犬の如く、儂は王妃の美しさに繋がれるようになった。私たちはいつも結ばれています。王妃が王の手に口付けする。アムレート王子、お前は成長してもはや幼子ではない。だが、父親が息子を抱き締めるのに齢は関係なかろう。王は王子を抱き抱える。お前がいなくて寂しい思いをした。王弟は祝福に来てはくださらないの? フィヨルニルのことは気にするな。すぐに姿を現わすだろう。
城内に戦利品が運び込まれる。玉座の王は箱からネックレスを取り出す。ある王子が身に付けていたものだが、お前こそ身に付けるのにふさわしい。儂の愛情とともに身に付けておけ。王が息子の首に金のメダルの付いたネックレスをかけるやる。犬の吠え声が聞こえ、王弟フィヨルニル(Claes Bang)が玉座へ進み出て、王に挨拶する。この凶暴な殺人鬼に酒を。王が控えの者に命じると、王妃は自分の盃を差し出す。するとヘイミル(Willem Dafoe)が喚く。女王の器が王以外の男のため濡れる様をご覧あれ。芳しい酒を手に入れるのはどんな金属か? 麗しい銀か、それとも強固な鉄か。ヘイミルがベルトを腰の前で突き出して見せる。ほざくな、国王と王妃を侮辱するな! 王がフィヨルニルを制止する。奴の冗談だ。ヘイミルは毒を吐くが、儂は親友として大切にしておる。儂のことよりも気を遣ってやってくれと、王は王弟に近くで泣いていたフィヨルニルの子ソーリルを抱かせる。ソーリル、我が息子! 我が兄、戦の大鴉に! フィヨルニルが叫ぶ。ラフンジー王国に! アムレートも叫び、一堂が乾杯する。
グートルンが糸を紡いでいる。近くで酒を呷っていたオーヴァンディルが王妃に近寄る。腹部に包帯が巻かれている。敵に内臓を喰らわせてやったわ。怪我をされたの? アムレートが儂の後継ぎになるには未だ相応しくない点が残っておる。息子は無垢な心をしておる。王の地位を継ぐためには目覚める必要がある。彼はまだ仔犬よ。だが祖父が即位した齢だ。それとは異なりますわ。まず伯父を殺さねばなりませんでしたもの。私たちは遠征の間、離ればなれでした。ともに寝台に向かいましょう。王は王妃の訴えを拒む。怪我が治癒し、多くの戦場で精霊の加護があるよう祈ってくれ。病を得て死ぬのも恥ずべき老後を長々と生きることも儂は御免蒙る。儂は剣により死なねばならぬ。名誉の死を迎えたいのだ。心配には及びませんわ。戦場で死を迎えることになります。ヴァルハラの門が待っています。
夜。雪道を大きな屋根の重なった建物へと向かうオーヴァンディル王とアムレート王子。儂が父とともに歩んだ道だ、儂の父もまたその父と歩んだ道でもある。今は儂らが歩むべき道だ。扉を開けると、篝火が周囲に立つ石碑を照らし、呪いの声が響く空間が広がり、儀式に従事する人々の姿があった。王は輪を血を讃えた器に浸す。オーディンを祀る斎場であった。老女が扉を開けると地下への竪穴があり、王が梯子を下っていく。儂のするとおりにしろ。梯子を下りると王は四つん這いになり、狼のような唸り声を上げながら横穴を明かりの方に向かって行く。王子も獣のような声を上げながら、王の後を追う。焚き火の部屋には仮面を被ったヘイミルが待っていた。吼えるのはオーディンの狼か、それとも村の野良犬か。耳を傾けよ。二本足の犬ども。知識のミードを飲み干せ。名誉に生きて死ぬことの意味を身を以て知れ。戦いで殺されてもワルキューレの抱擁によって報われると。戦いの女神によって煌めくヴァルハラの門へと運ばれると。ヘイミルが餌皿に注いだミードを王と王子が顔を近づけて飲む。お前らは人間になりたい犬だな。犬でないことを示せ。

 

895年。北大西洋の島国ラフンジー王国。オーヴァンディル王(Ethan Hawke)が凱旋し、人々によって歓呼して迎えられた。王宮での祝宴では戦利品のネックレスが王からアムレート王子(Oscar Novak)に与えられた。王弟フィヨルニル(Claes Bang)が祝賀のために姿を現わすと、グートルン王妃(Nicole Kidman)は自らの盃をとらせる。ヘイミル(Willem Dafoe)は王妃の浮気を揶揄すると、フィヨルニルが激怒し、王が宥める。
戦場で腹部に重傷を負った王は、アムレートに王位継承を準備させるため、神々の父オーディンを祀る斎場をともに訪ねる。ヘイミルの執り行う儀式で、アムレートは父王が斃れた際にはその敵を討つことを誓う。その儀式を終え斎場を出たところで、王はフィヨルニルの手勢によって急襲され、斬首される。王を失った王宮も襲撃され、グートルンは攫われた。アムレートは殺されたと報告されるが、実は逃げ果せていた。父王の敵を討ち、母を救い出すことを誓い、アムレートは1人島を漕ぎ出る。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

叔父に父を殺され母を攫われたアムレート(Alexander Skarsgård)の復讐譚。
ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)の『ハムレット(Hamlet)』の基になったとされるサクソ・グラマティクス(Saxo Grammaticus)(1150-1220)の『デンマーク人の事績(Gesta Danorum)』のエピソードを原作としている。
冒頭の凱旋を祝する宴の僅かな描写で、オーヴァンディル王からアムレート王子への皇位継承、グートルン王妃の裏切り、王弟フィヨルニルの策謀、道化であるヘイミルの千里眼などをさらっと描いてしまうのが見事。その描写手法は、神話の象徴的世界観にも通じよう。
寒さと暗さとが強調される中世ヨーロッパの北方の辺境は、自然(とりわけ獣)と人間とが渾然とした伝説と儀式の描写と相俟って、神話的な不可思議の世界として描き出されている。神話を彩るキャラクターを俳優陣が魅力的に見せた(Anya Taylor-Joyは相変わらずその姿を目にするだけでも嬉しくなる。まさしくスターだ)。
オーディンの神話は人口に膾炙したものなのだろうか。説明を差し挟むよりも洗煉された演出になり、また普遍的な復讐譚になったが、その分オーディンの神話は薄味になった嫌いはある。オーディンを信仰する人々のキリスト教に対する忌避感の描写も僅かながら見られたのも興味深かった。
ロシアによるウクライナ侵攻から1年が経とうとしているが、ロシアよりウクライナ(キーウ)の方が歴史が長いことが紹介されているのは偶然だろう。
本作品の世界観が合うなら、よりファンタジックな映画『グリーン・ナイト(The Green Knight)』(2021)もお薦め。