可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 菅実花個展『シスターフッド』

展覧会『菅実花「シスターフッド」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリーTOHにて、2023年7月8日~30日。

3体のラブドールがパーティーをする場面を捉えた写真作品「Happy Dinner Party」シリーズを中心とする菅実花の個展。

会場の向かい合う壁面の一方には、作家が自ら(の頭部)をモデルとして制作されたラブドールとともに写真に収まるセルフポートレートの「I Won't Let You Go」シリーズから、サランラップとストッキングとによるフィルターを用い、オレンジ色の照明を当てて制作された、セピア色の写真――「2人」が向かい合い、あるいはともに寝そべる――が額装して掛けられている。
向かい合う壁面の他方には、作家をモデルとしたラブドールを含め、3体のラブドールがカウチに坐ってパーティーをしている場面を捉えた「Happy Dinner Party」シリーズの写真が飾られている。L字に組んだ2人掛け+1人掛けのソファに坐った3体の前に置かれたローテーブルには、飲み物やクラッカーなどが並ぶ。また、額装されていない写真は、向かいの写真と対照的に、アルバムの台紙に貼られたような印象を生んでいる。

作家をモデルとしたラブドールは、ピュグマリオンが作ったガラテイアに比せられよう。

 どの版を選択するかで、物語内の個別要素の重要度は変化するし、それぞれの作者の選択や解釈により、其れまでにない新しい版が登場する可能性もある。しかしながら、ピュグマリオン神話であるかぎりは、ピュグマリオンという男性が、アフロディテという「女」神の力によって、理想のガラテイアという女性を得るという道筋は守られている。
 ピュグマリオン神話で大切な側面は、ピュグマリオンの血統の正当性を証明している点である。グレイヴズによるピュグマリオン神話の再話の続きをたどると、全体が王権と宗教的権威の起源を語っている。ピュグマリオンとガラテイアの末裔がキュプロスの王となり、その地にアフロディテの神殿を建立したことになっている。ピュグマリオンの神話はキュプロスの王権の権威づけと正当性を意図してつくられ、アフロディテ崇拝の起源と由来を語るために利用されたと考えるのが妥当である。オウディウス版でも、ピュグマリオンとガラテイアの間の娘に継がれる血統の純粋性が強調されていた。ガラテイアの素材がもともとは生命の抜け殻である象牙だったのだから、そこには他の人間による血統の汚染はない。ピュグマリオンの神話は、ピュグマリオン1人の生殖能力による自己増殖の可能性を浮かびあがらせているのだ。
 ピュグマリオンは、まず自らが創造物をつくりだしたあとで、今度は創造物を媒介にして新しく子孫をつくったのである。父が夫となるという一種の近親相姦的な純粋培養の過程を、創造的なかたちで描くことで、子孫をもつキュプロス王の一族の正当性と純粋性を裏づけようとしていた。単一生殖による子孫繁栄を夢見ることは、女性の子宮を「借腹」とみなして男性の血統の純粋性を守ろうとし、家系図を男性のみで語ろうとしてきた父権制社会の願望と合致する。(小野俊太郎『改訂新版 ピグマリオン・コンプレックス プリティ・ウーマンの系譜』小鳥遊書房/2020/p.26-27)

ピュグマリオンが「女性の子宮を『借腹』とみなして男性の血統の純粋性を守ろうと」「単一生殖による子孫繁栄を夢見る」「父権制社会の願望」の象徴(2023年に衆議院山口2区の補欠選挙に立候補した人物が「家系図を男性のみで語」っていたことは記憶に新しい)であるなら、女性作家が自らをモデルとした人形は男性を介在させない女性のクローンであり(カズオ・イシグロ(Sir Kazuo Ishiguro)の『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』を踏まえたタイトル「あなたを離さない(I Won't Let You Go)」からも明白である)、「父権制社会の願望」を挫く試みと解される。なおかつラブドールが男性の性的欲求の処理に用いられることを踏まえ、「彼女」の消費を認めないこと、すなわち「I Won't Let You Go」と宣言されるのだ。
「Happy Dinner Party」シリーズにおいて、作家をモデルとした人形は茶色のニットを身につけている。恰も向かいの写真のセピアの世界「I Won't Let You Go」から抜け出したようだ。「Happy Dinner Party」はラヴドール=「クローン」だけで成り立つ世界である。クラッカーは、鏡や地球儀とともに、円のイメージを増殖させている。そこでは遺伝情報の提供者とクローン(個体)というオリジナルとコピーの関係は無い。クローンであることで差別されることは無いのだ。クローンたちの「シスターフッド」である。
ところで、会場の道路に面した側は代々木駅方面を臨む窓になっている。その柱には、本展のメインヴィジュアルである手と手を絡めた写真《Ka-Sha 0064》が貼られている。それは2つの世界「I Won't Let You Go」と「Happy Dinner Party」とを繋ぐ架け橋である。遺伝情報の提供者≒作家とクローン(個体)≒ラヴドールとの連帯≒シスターフッドが明確に打ち出されている。