可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『TITANE チタン』

映画『TITANE チタン』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス・ベルギー合作映画。
108分。
監督・脚本は、ジュリア・デュクルノー(Julia Ducournau)。
撮影は、ルーベン・インペンス(Ruben Impens)。
美術は、ローリー・コールソン(Laurie Colson)。
衣装は、アン=ソフィー・グレッドヒル(Anne-Sophie Gledhill)。
編集は、ジャン=クリストフ・ブージィ(Jean-Christophe Bouzy)。
音楽は、ジム・ウィリアムズ(Jim Williams)。
原題は、"Titane"。

 

後部座席に座る少女アレクシア(Adèle Guigue)が車のモーター音に合わせて唸り声を上げている。娘の前でハンドルを握る父親(Bertrand Bonello)は、その声が鬱陶しく、音楽の音量を上げる。すると、アレクシアがさらに大きな声で唸るので、父親はさらにヴォリュームを上げる。アレクシアは父親のシートをガンガン蹴りつける。やめろ。きつく叱ると、今度は娘がシートベルトを外して座席に立ち上がる。父親が後部座席を振り返ってシートベルトを着用するよう注意した。一瞬の隙のために対向車と接触しそうになり、父親が慌ててハンドルを切ると、車は回転してコンクリートの防護柵にリアバンパーから衝突し、ブレーキランプが吹き飛んだ。
アレクシアの右側頭部の開頭手術が行なわれ、プレートが埋め込まれた。術後の状況を確認するため、姿勢を固定するための金具が頭部と上半身に取り付けられたアレクシアに、女医(Florence Janas)が手を動かしたり腕を上げたりするよう促す。女医は両親に説明する。ご存じかと思いますが。運動機能や発声など神経関連の徴候に注意して下さい。母親(Céline Carrère)は、頭の中で金属板がズレてしまう可能性はないか、医師に尋ねる。ありません。暴力的な衝撃が無い限りは。頑丈に出来ています。チタン製ですから。両親に伴われて退院したアレクシアは自動車に駆け寄ると フロントピラーを撫で、フロントドアのガラスに頬ずりして、キスをする。
コンベンション・センターの通路をアレクシア(Agathe Rousselle)が髪をアップにしながら歩いている。右の側頭部には、少女時代の自動車事故の傷跡が生々しく残る。チューニング・ショーの会場には、派手に改造された自動車が並び、セクシーなショーガールたちが花を添えている。ショーガールに触れて警備員に警告されている客もいた。アレクシアは金色のトップスとショートパンツに黄色の網タイツの出で立ちで車のボンネットに上がると、セクシーなダンスを披露する。踊り終えたアレクシアのもとに観客がサインや写真撮影を求めて集まってくる。
仕事を終えたアレクシアがシャワーで汗を流していると、隣に居合わせたジュスティーヌ(Garance Marillier)がニプレスを剥がせずに困っていたので手助けする。
アレクシアが楽屋口を出ると、熱心なファンたちが出待ちをしていた。1人にだけサインするとおしまいと言って足早に立ち去る。駐車場に向かうアレクシアは誰かに後を付けられていた。足早に車に向かうと、走って追ってくる。車に乗り込んだアレクシアに男(Thibault Cathalifaud)が声をかける。アレクシアがパワーウィンドウを下げる。頼むよ、サインだけでも。3時間待ってたんだ。アレクシアはサインして屋やる。マルセイユのショーでも会っただろ。覚えてる? いいえ、ごめんなさいね。おやすみ。待って! さよならのキスをしてくれない? ただ伝えたかったんだよ、君に恋してるって。オカシイ奴だと思うよね。全く同じ気持ちにはならないと思う。だけど友人になる可能性はあるんじゃない? どう思う? 男の頬にキスをしたアレクシアは、男の唇に自らの唇を重ねる。男が油断した隙にアレクシアは髪に挿していた太い金属製のヘアピンを抜き取ると、男の側頭部に力任せに突き刺した。男は痙攣して口から泡を吹き、やがて動かなくなった。アレクシアは後部座席に遺体を運び込む。
アレクシアはシャワーを浴びようとコンベンションセンター無人の楽屋に戻った。シャワーを浴びていると、何かを叩きつけるドンという鈍い音が断続的に響いてきた。不審に思ったアレクシアは一糸纏わぬ姿で楽屋のドアに向かい外の様子を窺う。音はチューニング・ショーの会場から聞こえてくる。アレクシアが裸のまま会場に向かうと、アレクシアがそのボンネットの上で踊った車だけヘッドライトが点灯していた。アレクシアは後部シートに乗り込むと、車体が上下に揺れ出した。

 

ショーガールのアレクシア(Agathe Rousselle)は、幼い頃から自動車に執着して来た。あるチューニング・ショーに参加した際、1人会場に居残っていたアレクシアは、自分が担当した自動車が激しく音を立てているのを耳にする。後部座席に乗り込んだアレクシアは、オーガズムに達する。その後、アレクシアは、膣からモーターオイルが漏れ出すようになる。そのチューニング・ショーで知り合ったジュスティーヌ(Garance Marillier)から誘われてハウス・パーティーに参加したアレクシアは、自らの妊娠に気が付く。ジュスティーヌとセックスしていたアレクシアは彼女を殺害するが、その場に居合わせた男性を口封じのために襲ったところを別の女性に目撃され、警察に通報されてしまう。自宅に戻ったアレクシアは、両親を寝室に閉じ込めると、ガレージに火を点け、血の付着したブランケットとともに家を燃やす。指名手配されることになったアレクシアは、7歳のときに失踪した少年エイドリアンを装うことで切り抜けようとする。10年ぶりに息子が姿を現わしたと聞いたヴァンサン(Vincent Lindon)が確認のために警察を訪れる。

少女時代のアレクシアは車のエンジン音に同調するように唸る。自身の立場を離れて他者の立場に身を置く。その他者は他人でも動物でも植物でも鉱物でもあり得る。
生殖目的を超えているという意味で過剰なセックスは、異種との間でも可能だろう。自動車とセックスする女性は映画『悪の法則(The Counselor)』(2013)でも描かれたが、本作は、単に性的欲求を満たすだけでなく、妊娠に至る点が独創的だ。ところで日常的に使用している道具は、身体と一体化している。服や靴を着ること無しには一歩も外に出られないし、肌身離さず持ち歩くスマートフォンは今や身体の一部を構成しているとも言える。アレクシアが自動車事故をきっかけに脳内にチタン・プレートを埋め込んでいるのは、人間とテクノロジーとの融合を象徴するものだ。実際、ウェアラブルから埋め込み型へと身体とテクノロジーとの融合はますます進むだろう。愛車とお互いの情報を掛け合わせた機械――人型か自動車型か、「キメラ」かは分からない――が生み出されることも十分に想定可能なのだ。
マッチョな男性に執着する消防士のヴァンサンは、おそらく幼い息子エイドリアンに強い男となるよう強いていただろう。息子が消息を絶った経緯は分明では無いが、ヴァンサンにはその悔悟があり、10年ぶりに「帰還」した「エイドリアン」に対し、強い男に仕立てるという欲求を必死に抑え込み、息子の全てを受け容れようとする。息子が「死」(失踪)してなお「復活」(帰還)を遂げた「キリスト」ならば、自らはその父であり、「神」等しい。愛の神として、たとえ息子が女性でも、妊娠していても、自らの過去の罪を贖うために、息子を受け容れるのだ。