可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 柘植萌華個展『lag』

展覧会『柘植萌華「lag」』を鑑賞しての備忘録
Bambinart Galleryにて、2022年6月22日~7月9日。

柘植萌華の絵画12点を展観。

《風景(2022-03)》(1622mm×1303mm)は、一面の曇り空が表わされた画面の中段右手と上段中央に断片的に見える虹を描いた作品。これと対照的なのが《風景 #31》(334mm×243mm)で、下に凸の虹を青い画面の中に表わしてあり、水溜まりに映り込んだ青空にかかる虹が描かれている。天と地、曇天と晴天、上に凸と下に凸というように、反転した世界の表現であり。鏡の国と言えようし、影送りを連想させもする。虹の持つ橋のイメージが、此岸(地)と彼岸(天)とを呼び起こす。そこれそ、作家の作品に通底するテーマである。実際、本展のメインヴィジュアルに採用されている、《風景 #29》(243mm×334mm)には、"I am the reincarnation of the fly..."と壁の落書きが描かれている。「生まれ変わり(reincarnation)」と記されているのは、此岸と彼岸とを隔てる境界としての壁なのだ。なお、同じく壁(生け垣)を描いた《風景 #33》(455mm×380mm)において、壁の反対側に聳える1本の針葉樹や、《風景(2022-01)》(652mm×532mm)の水溜まりに重ねられた三角形の中に姿を覗かせる切り立つ峰は、心霊が依り憑く依代であろう。

《風景(2022-02)》(534mm×534mm)は、甲に時計の文字盤のような1から12までの数字が円形に表わされた、下から伸びる手と、親指に5と手首に7の数字が見える、上から伸びる手とが、画面の中央で触れ合う場面を描いた作品。一定不変のリズムを刻む時計の時間は此岸を、非連続的に進行(あるいは逆行?)する時間は彼岸の世界を表わす。両者が手によって架橋され、祖霊を迎え入れるのだろう。

《駐車場》(334mm×243mm)は、道の向かい側にある金網フェンスで仕切られた駐車場を鉛筆で描き、画面の上部3分の1に黒地に白い点で「空」の字を油彩で表わした作品。道路の中央線が流れを、駐車場のフェンスが境界をそれぞれ表わし、駐車場に停められた多くの車を別世界に見せている。これは、長谷川等伯の作品で知られる《柳橋水車図屏風》の主要モティーフを現代に置き換えたものではなかろうか。すなわち、流れである川を道路に、此岸と彼岸とを繋ぎあるいは仕切る橋をフェンスに、回転する水車を自動車のタイヤに代替させていると考えられるのだ。すると、黒地に「空」はLED満空表示器であろうが、あえて文字の歪め、黒地の下端が直線にしないことで、夜の山に浮かぶ送り火のような印象を生んでいるのも納得できる。送り火によって、祖先の霊魂を彼岸へと送るためである。

《駅》(411mm×318mm)は、ホームに立つ「しって」という駅名を縦に記した柱がモティーフの中心。ホームには壁や屋根が無く、駅名標の背後には入道雲の湧き上がる青空が広がり、黄色い視覚障害者誘導用ブロック駅名標の傍には草が生えている。駅名標の白、空の青、点字ブロックの黄が沈んで陰鬱な印象を生むのは、他の展示作品と異なり、パネルの板に直接クレヨンで描かれているせいもあるだろう。駅名標は墓標のように立ち、異界への道標にも見える。「しって(尻手)」とは此岸の末端であった。