可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『イントロダクション』

映画『イントロダクション』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の韓国映画
66分。
監督・脚本・撮影・編集・音楽は、ホン・サンス(홍상수)。
原題は、"인트로덕션"。

 

書斎。男(김영호)が、窓際に置かれた机の前の椅子に腰掛けている。机の上で場所をとるPCには電源が入っていない。男は両肘を机の上に置いて手を握り、祈りの言葉を口にする。私は何でも致します。主を賛美致します。財産の半分を擲つ覚悟です。貧しい児童養護施設に寄付します。実践するとお約束します。主よ、もう1度チャンスをお与え頂けたら、このように生きることをお約束します。男は机の脇に掛けてあった白衣を着ると書斎を出て、階段を下っていく。
ヨンホ(신석호)とチュウォン(박미소)が路地を下ってくる。この辺りで待ってて。分かった。長くはかからないだろうから、すぐに戻るよ。楽しんでね。そのつもり。何したらいいかな。スマホで動画見たら。やだ、つまんない! 私のことはいいから。頑張って。運が良かった。チュウォンと別れたヨンホは歩いて韓医院へ向かう。ドアを開け、靴を脱いで上がると、看護師(예지원)がヨンホを歓迎する。いつ以来? お元気でしたか? あなたは元気だったの? ええ。先生は患者さんを診てらっしゃるから。ちょっと待ってね。そこに座って。分かりました。何か飲む? お願いします。韓方薬でいい? ええ。
寝台に横たわる女性患者(조소연)に韓方医(김영호)が鍼治療を行なっている。なぜ良くならないのでしょう? あなたの体質かもしれません。食べ物に注意して下さい。冷たい者は避けて。そうです、冷たい物を摂ると体調を崩すんです。お腹を下したり。アイスクリームは食べないようにしているんですが、どうしても食べてしまいます。食べないで下さい。食べ物には慎重になって下さい。とにかく、韓方薬を摂って、針治療に通院して下さい。まだ治療が? ええ。分かりました。ここで少々横になっていて下さい。医師は仕切りのカーテンを閉める。
年配の男性(기주봉)がしばし煙草を吸ってから韓医院へ向かう。ちょうど女性患者に鍼を打って休ませたところで、韓方医は彼を歓待する。お久しぶりですね、お元気でしたか? ええ。本当に久方ぶりだ。そうですね。急に立ち寄ってしまって申し訳ない。問題ありませんよ。地方へ行った帰りに通りがかったもので。映画の撮影ですか? そうです。どうぞお座り下さい。地方で撮影していたんですか? ええ、運に恵まれましたよ。身体の方は? 大丈夫、調子良いです。良かった。それにしても久しぶりですよね。手を握らせて下さい。韓方医は看護師を呼ぶ。飲み物を持ってきて。韓薬をお飲みになりますか? いいですね。身体にいいですよ。お願いします。お持ちします。本当に何も問題ないですか? 元気ですよ。脈をお取りしましょう。お願いします。医師が男の袖を捲り、 脈拍を測る。

 

全篇モノクローム
3部構成。第1部と第3部では、ヨンホ(신석호)と、ヨンホの恋人のチュウォン(박미소)、ヨンホの父親である韓方医(김영호)、父の韓医院で働く看護師(예지원)、ヨンホの母親(조윤희)、ベテラン俳優(기주봉)、ヨンホの友人チョンス(하성국)の関係が描かれる。第2部は、ドイツを舞台に、チュウォンと、チュウォンの母親(서영화)、母親の友人の画家(김민희)、そしてヨンホとの関係が描かれる。

ヨンホが疎遠の父親に呼ばれること、韓方医(ヨンホの父親)が久しぶりに俳優に会うこと、ヨンホが久しぶりに父の韓医院で働く看護師に会うこと、チュウォンがドイツで画家に会うこと、ヨンホがドイツを急に訪れてチュウォンに会うこと、ヨンホが母親に会うこと、ヨンホが俳優に会うことなどが、何より、それまで無かった(久しく絶えていた)関係を生み出す「イントロダクション(introduction)」である(原題"인트로덕션"はintroductionの音訳)。
また、父親が何故ヨンホを呼び出したのか、父親は何を願っているのか、父親とヨンホとの間にどんな会話が行なわれたのか(そもそも面会できたのか)、ヨンホと看護師の関係、ヨンホの母親とベテラン俳優との関係など、いずれも判然としない。あくまで映画が描くのは「イントロダクション(introduction)」に留められ、鑑賞者の思考に委ねられる。
ヨンホが俳優となるきっかけを作ったのはベテラン俳優であった。だがヨンホは役者の道を諦める。恋人がいるのに、別の女性とキスしたり抱き合ったりはできないという。恋人を裏切ることになるし、実際に愛情を持って行なわれなければならないキスや抱擁を、愛情なく生身の女性に対して行なうことは道徳に反するとヨンホが考えているからだ。ヨンホの考えを聞いたベテラン俳優は激昂する。心からのものであろうと演技であろうと、全ては愛だ。男性が女性を抱き締めるなら、それは愛であり、善良で美しい行為なのだと。フィクションに現実や道徳を持ち込むこと(introduction)の是非が問題提起されている。冬の海に入るシーンを撮影するなら、実際に冷たい水の中に入らなければならないだろうか。リアリティとは現実そのものではないだろう。