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芸術鑑賞の備忘録

映画『キャメラを止めるな!』

映画『キャメラを止めるな!』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のフランス映画。
112分。
監督・脚本は、ミシェル・アザナビシウス(Michel Hazanavicius)。
原案は、上田慎一郎の映画『カメラを止めるな!』。
撮影は、ジョナタン・リクブール(Jonathan Ricquebourg)。
美術は、ジョアン・ル・ボル(Joan Le Boru)。
衣装は、ヴィルジニー・モンテル(Virginie Montel)。
編集は、ミカエル・デュモンティエ(Mickael Dumontier)とミシェル・アザナビシウス(Michel Hazanavicius)。
音楽は、アレクサンドル・デスプラ(Alexandre Desplat)。
原題は、"Coupez!"。

 

廃墟のビル。痙攣しながら近づいてくる男。青黒い肌、飛び出した歯、ギラギラした目。血塗れのシャツ。男は喚き声を上げながら、チナツ(Matilda Lutz)に近づく。チナツは両手で手斧を構え、変り果てたケン(Finnegan Oldfield)の姿に驚愕しながらも、止めて、目を覚まして、と一縷の望みをかけて懇願する。だがケンには響かない。迫り来るケンに壁際に追い詰められたチナツは首を噛まれる。呆然とするチナツは愛してるとの言葉を力なく口にする。
カット。監督のレミ(Romain Duris)が声をかける。「カメラマン」(Grégory Gadebois)、「音声」(Raphaël Quenard)がチナツ役のアヴァとケン役のラファエルのもとを離れる。「メイク」(Bérénice Bejo)が何回目か「AD」(Sébastien Chassagne)に尋ねる。31テイク目。レミは何とか怒りを鎮めようとしていたが、チナツのもとへ歩み寄ると、ラファエルを押しのけて、捲し立てる。話にならない。これはラストシーンだ。これがうまくいかなきゃ全てが台無しになる。もっと恐怖に震えて欲しい。恐怖に染まった顔が欲しい。恐怖心を出そうと…。それは演技だろ。出すんじゃなくて、出てくるものが欲しいんだ。だいたい演技が不味いんだよ。真実味が欲しい。目薬なんか使わず、涙を流してくれ。でも…。でもじゃない! レミの怒りが高まる。下手なんだよ! 君の演技がろくでもないのは君の生き方がろくでもないからだろ! 1日中スマホの画面とにらめっこじゃないか! 僕が欲しいのはこの映画の最高のラストシーンなんだ! この映画を君がぶち壊してるんだ! レミが激昂して壁を叩く。アヴァが嗚咽する。それでも女優なのか! もう止めろよ。ラファエルが興奮する監督を止める。邪魔するんじゃない! 振り返きざまにラファエルを突き飛ばしたレミは、さらに平手打ちを食らわせる。君にもうんざりだ。レミはラファエルの胸ぐらをつかむ。僕の映画なんだ。口出しするんじゃない! あれこれ能書きを並べ立てるな! 「メイク」がもう十分でしょと監督を止めに入る。落ち着いてよ、15分休憩を入れましょう。レミはセットを蹴り倒すと、その場を後にする。ラファエルがアヴァのもとに行って慰める。

 

レミ(Romain Duris)が監督を務める映画『Z』。そのラストシーンの撮影が廃墟となった建物で行われている。主人公のチナツ(Matilda Lutz)が、ゾンビと化した恋人のケン(Finnegan Oldfield)に襲われる場面だ。レミは作品の善し悪しを左右すると妥協せず、既にテイク31に達している。それでもレミは納得せずにカットを叫び、チナツ役のアヴァに詰め寄ると演技ではなく本物の恐怖を見せろと叫ぶ。レミの怒りの矛先はケン役のラファエルにも及ぶが、「メイク」の「ナツミ」(Bérénice Bejo)が取り成して15分の休憩となる。「ナツミ」はアヴァとラファエルに飲み物を渡し、メイクの手直しをする。その際、かつて日本軍が死者を再生させる実験を行っていたとの撮影場所に纏わる噂を口にする。3人に煙草を吸いに行くと言った「AD」(Sébastien Chassagne)は、なぜか扉まで行って引き返す。扉に何かがぶつかる鈍い音がする。話題を変えようとラファエルが「ナツミ」に趣味の話題を振ると、護身術を習っていると言う。ラファエル相手に「ナツミ」が実演してみせると、手加減しない「ナツミ」にラファエルはひるむ。「AD」が煙草を吸うと行って、今度は扉を出て行った。「ナツミ」が再び日本軍の実験を話題にする。将軍が「血の星」の力を使って死者を再生させたという。そこへ「AD」が変わり果てた姿で戻ってくる。

映画『カメラを止めるな!』(2017)を、Michel Hazanaviciusが監督、Romain DurisやBérénice Bejoの主演で生き返らせた作品。
『カメラを止めるな!』に登場した、ゾンビ・チャンネルのプロデューサーである笹原芳子(竹原芳子)が、フランスに企画を持ち込んだ設定が加えられている。笹原のフランス語通訳役の成田由美も印象に残る。
何とか映画を完成させようとキャストとスタッフが一丸となり、父と娘との結び付きも示される大団円を迎える。ラストシーンが見事に決まることで、監督の思いが結実する。原作同様、映画への愛が核にある。
原題は"Coupez!"。監督が撮影を止めるために放つ「カット!」を表わす言葉。原案の『カメラを止めるな!』に対し、カメラを止める意味を持つ言葉をタイトルに冠しているのが洒落ている。なお、ラストシーンの撮影で31回"Coupez!"と監督に叫ばれたアヴァは、後にこの言葉を叫びながら、切断する(couper)行為に出る。
日本軍が死者の再生実験をしていたとの噂のある場所は、かつての仏領インドシナなど日本軍が進駐した地域ではなく、パリから2時間の場所らしい。