可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『LAMB ラム』

映画『LAMB ラム』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアイスランドスウェーデンポーランド合作映画。
106分。
監督
ヴァルディマーシ・ヨハンソナー(Valdimars Jóhannssonar)。
脚本
シーグルヨン・ビルギル・シーグルソンSigurjón Birgir Sigurðsson)とヴァルディマーシ・ヨハンソナー(Valdimars Jóhannssonar)。
撮影は、イーライ・アレンソン(Eli Arenson)。
美術は、スノッリ・フレイル・ヒルマルソン(Snorri Freyr Hilmarsson)。
衣装は、マルグレット・エイナルスドッティル(Margrét Einarsdóttir)。
編集は、アグニェシュカ・グリンスカ(Agnieszka Glinska)。
音楽は、ソーラリン・グドナソン(Þórarinn Guðnason)。
原題は、"Dýrið"。

 

アイスランド。吹雪の高原。馬の群れが遠くに見えてくる。1頭が移動すると、それに合わせて仲間が付いて移動していく。斜面を下った先に畜舎があるのが視界に入る。
1匹の羊が窓から外を眺めている。扉が開く音がする。羊たちが一斉に扉の方を向く。1匹の羊が倒れる。ラジオのスイッチが入る。
台所でマリア(Noomi Rapace)が窓の外をぼんやりと眺めている。夫のイングヴァル(Hilmir Snær Guðnason)が食事の準備をするのに気付いて、マリアも皿を食卓に運ぶ。ラジオから賛美歌が流れる。
切り立つ峰を臨む高原の牧場。マリアは牧草地でトラクターに乗っている。イングヴァルは牧羊犬とともに畜舎に入り、ラジオのスイッチをれると、清掃を始める。イングヴァルが新たな干し草を運び入れると、すぐさま羊たちが食べ始める。イングヴァルは犬を連れて牧草地へ向かう。
犬とともに帰宅したイングヴァルは作業着を脱ぐ。犬を部屋に入れて餌をやる。丁寧に手を洗った後、俎板に向かい羊肉とジャガイモの炒め物を作る。猫も餌の時間だ。
畜舎。イングヴァルが母親を押え、マリアが仔羊を引っ張り出す。母親はすぐに産み落した仔羊を舐める。仔羊はすぐさま脚を踏ん張って立とうとする。
マリアとイングヴァルが食卓を囲む。時間旅行が可能らしい。そうなの? どうやって? 理論上の話さ。それなら実現しようとしてるんじゃない? おそらくな。未来を見ようなんて気は無いさ。今のままで幸せだから。過去に戻れたらいいのに。ああ、そうだな。
畜舎でマリアが1人で羊の状況を確認をしている。家に戻ると、イングヴァルは窓際の椅子で眠っていた。レコードは曲が終わって回転したまま。上の畜舎は確認しなかったから、そこから始めて。マリアが夫に伝える。マリアは寝室に向かい、シーツに包まって眠る。
畜舎。イングヴァルが盥に水を注ぎ、羊に呑ませている。続いて干し草を与えて食べさせる。イングヴァルはテーブルで手帳に記録を付ける。
自宅。食卓で読書していたマリアは、本を伏せ、コーヒーを飲み干すと、立ち上がって出て行く。
畜舎。マリアが生まれた羊の耳に穴を開け、イングヴァルから渡されたタグを取り付ける。作業を終えた2人。順調ね。去年よりも。段々良くなってる。トラクターが聞き慣れない音を立ててるの。分かった。植え付けの前に確認した方がいいな。
犬が吠え立てる。マリアとイングヴァルが畜舎に入る。いつものようにイングヴァルが母親の羊を押え、マリアが仔羊を取り出す。仔羊の姿を見て、2人は動揺する。鳴き声も他の仔羊とは異なっている。マリアは仔羊を抱きかかえると、畜舎から連れ出す。
峰に大きな雲がかかっている。洗濯物が強い風で翻る。
食卓の傍らに置いた盥には仔羊が寝かされている。マリアがその頭を撫でている。イングヴァルが哺乳瓶に牛乳を用意して、マリアに手渡す。マリアは哺乳瓶を仔羊の口の持って行くと、仔羊が懸命に飲み出す。

 

アイスランド。イングヴァル(Hilmir Snær Guðnason)とマリア(Noomi Rapace)は、人里離れた高原の牧羊地を2人で切り盛りし、平穏で幸せな生活を送っていた。ある日、羊の分娩介助を行っていると、2人は姿を現わした仔羊に動揺する。2人はその仔羊を自宅に移し、アダと名付けて育て始める。

(以下では、全篇について言及する。)

冒頭、吹雪の中、畜舎に侵入する者の姿が描かれることなく呼吸音で示唆される。そして、畜舎の窓から外を覗く1匹の羊が映し出される。この羊が侵入者によって妊娠させられることが暗示される。続いて、台所から外を眺めるマリアの姿が映し出される。妊娠させられる羊と同じように映し出されることで、マリアとその羊とが重ね合わされる。
イングヴァルの弟ペートシュ(Björn Hlynur Haraldsson)が突然牧場に戻って来る。イングヴァルはペートシュを運の悪い奴だと寛容だが、マリアは警戒している。実際、ペートシュはマリアに対して好意を持っており、関係を持つ機会を常に狙っている。ペートシュは冒頭の侵入者に重ね合わされる。
マリアとイングヴァルが、ある羊(羊の区別が付かないが、おそらく冒頭で侵入者によって妊娠させられた羊)から生まれた、他とは異なった姿の仔羊をアダと名付け、実の娘のように育て始める。実は2人にはアダという娘がいたが、亡くしていた。
侵入者によって妊娠させられる羊とマリアとが重ね合わされるなら、亡くなったアダと仔羊アダもともに侵入者の子ということになる。すなわち、亡くなったアダはマリアとペートシュとの間の子であったことになる。それは、酔ったイングヴァルがマリアとのハンドボールのようなをゲームをした際、マリアにシュートを許してしまうこと(隙を突かれてしまうこと=間男)でも暗示される。
夫婦の間で時間旅行が話題になった際、マリアが過去に戻りたがっていた。ペートシュとの過ちを無かったことにしたかったからたろうか。あるいは娘のアダが生きていた時代に戻りたかったからだろうか。
マリアは羊のアダの母親である羊が度々家に姿を現わすので射殺してしまう。羊のアダの母親の地位を簒奪する。他方、マリアは、ペートシュも家から追い出す。マリアはイングヴァルと羊のアダとの家庭を再び築いたかに見えた。だが、マリアは自らの過ちの報いを受けることになるだろう。
アイスランド語の原題"Dýrið"は羊ではなく、より広く動物ないし獣を指す言葉のようだ。邦題は英題"Lamb"を採用している。英題にはキリスト教的なニュアンスが加わっているようだが、どうだろう。