可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『すずめの戸締まり』

映画『すずめの戸締まり』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
121分。
監督・原作・脚本・編集は、新海誠
キャラクターデザインは、田中将賀
作画監督は、土屋堅一。
美術監督は、丹治匠。
音響監督は、山田陽。
音響効果は、伊藤瑞樹。
音楽は、RADWIMPSと陣内一真

 

おかあさん! おかあさん! 幼い岩戸鈴芽(三浦あかり)が草叢の中を1人駆け抜ける。息が白い。誰の姿もない廃墟となった町。崩れた建物の上に船が乗り上げている。泥濘に足を取られた鈴芽は蹲る。誰かの足音が近付いてくる。雪のような花びらが舞い始める。おかあさん!
自室で眠っていた岩戸鈴芽(原菜乃華)が目を覚ます。階下から岩戸環(深津絵里)が起きるように声をかけていた。朝食をとる鈴芽。テレビでは九州の天気予報が流れている。今日は遅くなるから晩ご飯は適当にね。台所に立つ環が鈴芽に告げる。環さんデート? 残業よ、漁業体験の準備。
自転車で高校に向かう鈴芽が港を見晴るかす坂に差し掛かると、若い男(松村北斗)が歩いて坂を上がってくる。鈴芽は彼の端麗な容姿に目を奪われるとともに、見知らぬはずの彼に何故か既視感を覚えた。擦れ違いざま、彼が鈴芽に尋ねる。ねえ、君、この辺りに廃墟はない? 扉を探しているんだ。人の住まない集落なら向こうにありますけど。鈴芽が指差す。男は礼を言って案内された方向へ歩き出す。
踏切で友人と落ち合った鈴芽は顔が赤いと指摘される。遮断機が上がると、鈴芽は渡し忘れ物を思い出したと言って、友人と別れて男の後を追う。山の中の放棄された古い温泉街は建物がひしめいている。鈴芽は声を掛けながら廃墟の中まで見て回るが、先ほどのイケメンの姿はない。私、あなたとどこかであったことある気がするんですけどー。モヤモヤとした思いを思わず声に出すと、自分がナンパしているようだと気付く。諦めかけたとき、鈴芽はドームのような空間に足を踏み入れていて、浅い水の張った円形の床の中央には古びた扉が立っていた。濡れるのも構わず靴のまま水の中に足を踏み入れて扉に向かい、ドアノブを廻して押し開けると、そこには今朝の夢にも出てきた、星空の広がる世界が広がっていた。鈴芽は入ろうとするが、扉の反対側に突き抜けてしまうだけ。そこで鈴芽は足下に動物の彫像があるのに気が付く。手に取り持ち上げた彫像は毛むくじゃらの生き物に変化する。鈴芽が驚いて手を離すと、その生き物は飛ぶように逃げ去ってしまった。
登校した鈴芽を重役出勤だと迎える友人たちから何をしていたのか聞かれる。古い温泉街の廃墟に行った話をしかけて止める鈴芽に最後まで話すようせっつかれる。そのとき鈴芽は窓から望む山の廃墟の辺りから煙が立ち上っているのを目にする。鈴芽は必死に場所を説明するが、2人の友人にはどうやら見えないらしい。そこに緊急地震速報が入る。地震の揺れが収まると、鈴芽は学校を飛び出し、廃墟へ向かう。
赤黒い煙の噴出元を追うと、水の中に立っていた扉に行き着いた。登校時に出会ったイケメンが必死に扉を閉めようとしている。何してる、そこから離れろ! 鈴芽に気付いた男が叫ぶ。彼は噴煙の勢いに跳ね飛ばされる。これはまずい。勢いを増した噴煙は柱のようになり、一帯を包み込むように港に向かって倒れていく。鈴芽のスマートフォン緊急地震速報を伝える。危ない、ここから離れろ! 彼は身を呈して落下した噴出物から鈴芽を守り怪我をする。再び扉を閉めようとする男のもとに駆け付けた鈴芽が加勢する。かけまくもかしこき日不見の神よ…。男は祝詞を唱え始める。男のペンダントから光が放たれる。お返し申す! 男はペンダントの鍵で扉に錠を掛ける。煙の噴出が止む。要石がミミズを封じていたはずなのに。男は当惑している。後ろ戸からはミミズが出て来る。ここで見たことは忘れて家へ帰れ。でもその怪我は?
2人が鈴芽の家を向かっていると、屋根瓦が落ちるなど通りがかりの家々にはいずれも地震の疵痕が目立った。宮崎南部を震度6弱地震が襲っていた。男と帰宅した鈴芽は、病院に行かないならせめて応急処置をと、彼を2階の自室に上げる。男は落ちていた本を棚に戻し、脚の1つが外れた木製の古い椅子に気が付く。鈴芽が救急箱を持って来て、手際よく男の怪我の処置をする。馴れてるんだね。お母さんが看護師でしたから。男は、日本列島の下にいるミミズが後ろ戸から現れるのを防ぐのが仕事だと説明し、宗像草太と名乗った。鈴芽も自己紹介する。そのとき窓手摺に痩せ細った痩仔猫が姿を現わす。見かねた鈴芽が煮干しを与える。地震怖くなかった? 鈴芽が仔猫に語りかける。すると、仔猫(山根あん)が喋り出す。スズメ、スキ。オマエハジャマ。その瞬間、小さな椅子に腰掛けていた草太の姿が消える。なんだこれは! 草太は椅子に閉じ込められていた。お前がやったのか! 逃げる仔猫を椅子になった創太が追いかけ、窓から飛び出す。その後を追う鈴芽は玄関で環に鉢合わせる。心配で戻ってきたのよ。鈴芽は環に構わず、家を飛び出す。仔猫を追いかける小さな椅子。猫と椅子を追う鈴芽。埠頭では環の同僚の岡部稔(染谷将太)から声を掛けられるが、それに答える余裕もなく、鈴芽は愛媛に向かうフェリーのタラップに駆け込む。

 

岩戸鈴芽(原菜乃華)は宮崎県南部の港町に暮らす高校2年生。12年前、東日本大震災で母・椿芽(花澤香菜)を亡くして以来、叔母の環(深津絵里)と2人暮らし。ある朝、登校中に旅人らしい若い男(松村北斗)から近くに廃墟はないかと尋ねられる。男に既視感を覚えた鈴芽は好奇心を抑えきれず男の後を追うが、男が向かったはずの打ち棄てられた温泉街に彼の姿はなかった。水溜まりの中に立つ扉が気になった鈴芽が扉を開けると、幼い日の自分が母を探す夢の中の世界が広がっていた。だが中に入ろうとしても入れない。扉の近くにあった動物の彫像を持ち上げると、毛むくじゃらの動物に変化し、どこかへ逃げ去ってしまう。遅刻して登校した椿芽は、先ほどまでいた温泉街の辺りから噴煙が立ち上るのを目にする。胸騒ぎがした鈴芽が煙の噴出元を辿ると、それは水の中に立つ扉で、朝出会した男が必死に閉じようとしていた。鈴芽が加勢して何とか扉を閉じることに成功するが、一帯は震度6弱の大規模な地震に襲われていた。怪我をした男を手当てするために自宅に連れて行くと、彼は宗像草太と名乗った。日本列島の下にいて厄災をもたらすミミズが後ろ戸から現れるのを防ぐために、全国の扉を尋ね歩いて封鎖する「閉じ師」をしているという。2人の前に貧相な仔猫が姿を現わす。鈴芽が餌を与えると、仔猫(山根あん)は喋り出す。スズメ、スキ。オマエハジャマ。草太は部屋にあった脚が1つ欠けた古い小さな椅子――鈴芽が椿芽に作ってもらった思い出の椅子――に封じ込められてしまう。逃げ出す仔猫を椅子となった草太が追いかける。鈴芽も後を追ううち、愛媛行きのフェリーに乗り込むが、仔猫はマストから別の漁船に飛び移り逃げ去ってしまう。だが仔猫は行く先々で人々の注目を集めてダイジンと呼ばれ、SNSでその足跡を追うことができた。草太によれば、ダイジンはミミズを封じ込める要石で、鈴芽が引き抜いて自由にしてしまったのだという。草太は自分が後ろ戸に鍵を掛けるのが遅れたからだと鈴芽を庇う。愛媛に到着した草太は鈴芽にすぐに帰宅するよう言いつけるが、椅子が歩き回ると悪目立ちするからと鈴芽は草太とともにダイジンを追うことを認めさせる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

宮崎県南部の港町に住む高校2年生の鈴芽が主人公。鈴芽は厄災をもたらすミミズを抑え込む要石だったダイジンを追いかけフェリーで愛媛へ向かいう。さらにバス停にいた鈴芽を拾ってくれた二ノ宮ルミの自動車で愛媛から淡路島経由で神戸まで連れて行ってもらう。鈴芽の岩戸という名字からは、高千穂(宮崎県北部)との関連が窺われる。宮崎県北部から愛媛、香川は中央構造線(大断層)であり、淡路と神戸は、阪神淡路大震災の被災地である。
スズメ(鈴芽)にはウズメ(天宇受賣命)が掛っているのだろうか。アマテラス(天照大神)ではなく(要石を外した結果として)ミミズを解放することになるが、仮にアマテラスが蛇神であればミミズとの類似性が認められる。
愛媛で出会う海部千果は、鈴芽を魔法使いだと評する。
複数の時間が交錯する常世の設定は、映画『インターステラー(Interstellar)』(2014)を髣髴とさせた。
芹澤朋也は1970年代の楽曲などを車で流す。動画共有サイトなどで新旧関係なく楽曲が聞かれる状況もある意味常世的か。
鈴芽は靴のまま水に入っていく、東京で靴が片方脱げ、さらに裸足になる、そこで草太の靴を借りる。鈴芽から草太へと「閉じ師」の役割が引き継がれる。
蝶は「胡蝶の夢」を介して、夢と現実とを等価に扱うための装置として機能している。
椅子の設定はどこから来たのか。