可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『イニシェリン島の精霊』

映画『イニシェリン島の精霊』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のイギリス映画。
114分。
監督・脚本は、マーティン・マクドナー(Martin McDonagh)。
撮影は、ベン・デイビス(Ben Davis)。
美術は、マーク・ティルデスリー(Mark Tildesley)。
衣装は、イマー・ニー・バルドウニグ(Eimer Ni Mhaoldomhnaigh)。
編集は、ミッケル・E・G・ニルソン(Mikkel E. G. Nielsen)。
音楽は、カーター・バーウェル(Carter Burwell)。
原題は、"The Banshees of Inisherin"。

 

1923年。アイルランドのイニシェリン島。霧が晴れると、崖下の港、湾、対岸のアイルランド本島が見渡せる。
虹が架かる港。人々が忙しく働く中をパードリック・スーラウォーン(Colin Farrell)が知り人に挨拶しながら通り抜ける。海岸近くの丘の道を歩き、マリア像を越えた辺りから小さな入り江に向かって斜面を下り、一軒だけ立つ住宅へ。煙突からは煙が昇っている。ドアの前に立つ犬を撫でてからノックする。反応が無い。海に面した窓へ廻る。コルム、パブに行くだろ? コルム・ドハティ(Brendan Gleeson)は窓に背を向けて座り、煙草を吸っている。2時だぞ。丁度教会の鐘が鳴る。向こうで会おう。コルムの反応が無いのを訝しむパードリック。
パードリックが丘の上に立つ自宅に戻る。家の前では色鮮やかな洗濯物が揺れている。洗濯物を干していたシボーン・スーラウォーン(Kerry Condon)が尋ねる。もう帰って来たの? コルムのところに行ったんだけど、坐ってた。坐って何してるの? 煙草を吸ってた。眠ってたの? 煙草を吸ってたんだ。眠って煙草が吸えるか? 喧嘩? してないよ。してないと思うけどな。喧嘩してたか? ドアをノックしたのに何で応答がないんだ? ひょっとしてもう兄さんのことが気に入らないのかも。シボーンが洗濯籠を抱えて家に入る。
パードリックは1人パブに向かう。店に入るなりに1杯注文する。店主のジョンジョ・ディヴァイン(Pat Shortt)が黒スタウトを注ぎながら尋ねる。コルムは一緒じゃないのか? ああ。いつも一緒だろ? そうだよ。奴の家に立ち寄らなかったのか? 立ち寄ったさ。どこにいるんだ? 家で坐ってる。坐って何してんだ? 何も。煙草。喧嘩したのか? 喧嘩した覚えは無いけど。喧嘩したみたいじゃないか。もう1度訪ねるべきかな? それが一番だ。パードリックは一口飲んでグラスをカウンターに置くと、店を出て行く。
パードリックは通りすがった警察官のピーダー・カーニー(Gary Lydon)に挨拶するが、ピーダーは無視する。あいつは絶対挨拶しやしない。
パードリックが再びコルムの家を訪ねる。窓から覗くが姿が無い。ドアを開けて入ると、蓄音機から賛美歌が流れていた。黄色い壁に囲まれた室内には、仮面や人形や角笛などが掛っている。梯子を昇って2階を確認するが、コルムの姿は無い。吊り下がっていた能面を顔に当ててみる。窓から人影を見たパードリックが手元の望遠鏡で覗くと、コルムが斜面を上がっているのが見えた。どこへ向かってるんだ?
パードリックはがパブに行くと、コルムはカウンターで飲んでいた。パードリックが隣に坐ろうとすると、コルムは他の場所へ行けと言う。啞然とするパードリック。ここに俺のビールがあるんだ。さっき来て注文したんだとジョンジョもコルムに説明する。だったら俺が席を変えよう。コルムは外のテーブル席に坐った。喧嘩したのか? 隣にいたゲリー(Jon Kenny)が尋ねる。喧嘩した覚えは無いんだ。喧嘩だろ。コルムは外に坐ってるじゃないか。確かに喧嘩してるみたいだな。話しに行くのがいいみたいだ。パードリックはコルムのテーブルに向かう。隣に坐るぞ、店の中に入るなら俺もそうするし、家に帰るなら俺も付いていく。俺が何かしたなら何をしたか言ってくれないか。酔って何か言ったかもしれないが忘れちまってる、酔って何か言ったとは思わないけど忘れちまってる。そうだったら何があったか言ってくれ、すまない。心から謝るよ。ガキみたいに俺から逃げ回るのは止めてくれよ。お前は何も言ってない。お前は何もしてない。思った通りだ。ただもうお前のことが気に入らないだけだ。パードリックは言葉を失う。俺のこと気に入ってるだろ。いいや。昨日は気に入ってただろ。そうだったか? 俺はそう思ってた。コルムはグラスを飲み干すと立ち去る。
失意のパードリックが家に向かう途中、道端に坐って棒をいじっていたドミニク・カーニー(Barry Keoghan)から声をかけられる。どうしたんだよ? どうもしないさ。ドミニクがパードリックの後を付いてくる。鉤付きの棒を拾ったんだ。何に使うやつかな? 遠くにあるもの引っかけるためかな? どこ行くの? 道なりに。そりゃいい。煙草ある? ない。いつも持ってるだろ。コルムがパブで配ってる。本当? 噓だよ。不満げなドミニク。あんたおかしいよ。

 

1923年4月1日。アイルランドのイニシェリン島。対岸に臨む本島では内戦のため時折爆発が起こるのが目に入る。酪農家のパードリック・スーラウォーン(Colin Farrell)はいつも通り2時にコルム・ドハティ(Brendan Gleeson)の家に立ち寄る。連れ立ってパブに繰り出すためだ。だが今日に限ってドアをノックしても反応が無い。窓から覗くと、コルムは椅子に坐って煙草を吸っていた。パブで会おうと声をかけてパードリックは一旦帰宅する。洗濯物を干していたシボーン・スーラウォーン(Kerry Condon)は兄の早い帰宅に驚く。事の次第を説明すると、コルムは兄さんのことを気に入らなくなったのかもと茶化す。パードリックがパブに行くと、店主のジョンジョ・ディヴァイン(Pat Shortt)が1人で来店したことに驚き、喧嘩したのかと尋ねる。そんな覚えは無いパードリックだったが黒スタウトを一口だけ飲むと改めてコルムの家を訪ねる。家の中ではレコードがかかっていたが、コルムの姿は無かった。外を眺めると、コルムが歩いているのが見えた。パードリックが再びパブへ行くと、コルムはパードリックが隣に座るのを嫌がり、外の席に坐る。パードリックがコルムのテーブルへ行き、自分が何かしたかと問い詰めると、何もされてないが、お前のことが気に入らなくなっただけだとコルムが言い放つ。

(以下では冒頭以外の内容についても言及する。)

おっさんの友情が突然破綻したという物語に鑑賞者はいとも容易く捩じ伏せられてしまう。恐るべしマーティン・マクドナー
小さな島で暮らすパードリックはコルムと長年友情を培ってきた。だがある日突然、残りの人生をろくでもない話で無駄にしたくない、作曲などで有意義に過したいと、パードリックはコルムから絶縁を宣言される。パードリックは戸惑い翻意を促そうとするが、コルムの決断は揺るがない。コルムの徹底した断交は常軌を逸した形を取り、思わぬ形でパードリックをも狂気の渦に巻き込むことになる。
密接な関係にあった両者の断交は、内戦のメタファーである。内戦は対岸の火事では済まず、その火の粉が燃え広がる可能性を持つ。そして、消えたと思っても、その日が消えることは無い。
寂しい思いを抱える独り身のシボーンは本だけを心の拠り所に生きてきた。ドミニクが彼女に想いを寄せるが、「当たって砕けろ」を実践する若者の想いが届くことは無い。ドミニクが拾う鉤付きの棒が引き寄せるのは、彼の運命ではあった。
人はいいがちょっと足りないところのあるパードリックが戸惑ううちに悲しみに打ち拉がれて変貌する姿を、太い眉毛とともに演じたColin Farrell、厳しい表情で底意が見えない渡辺哲的Brendan Gleeson、鬱憤を溜め込んだ高校生として画面に煮え付いてきたBarry Keoghanの足りないけれど前向きなドミニク、ドミニクが憧れる掃き溜めに鶴のシボーンを演じたKerry Condon、腐れ外道の警察官Gary Lydon、千里眼を持つ魔女そのもののSheila Flitton、憎たらしい食料雑貨店店主Bríd Ní Neachtain他、いずれのキャストも素晴らしい。