可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『逆転のトライアングル』

映画『逆転のトライアングル』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のスウェーデン映画。
147分。
監督・脚本は、リューベン・オストルンド(Ruben Östlund)。
撮影は、フレドリック・ウェンツェル(Fredrik Wenzel)。
美術は、ヨセフィン・オースバリ(Josefin Åsberg)。
衣装は、ソフィー・クルネゴート(Sofie Krunegård)。
編集は、リューベン・オストルンド(Ruben Östlund)、マイケル・シー・カールソン(Mikel Cee Karlsson)。
音楽は、ミッケル・メルツェ(Mikkel Maltha)とレスリー・ミン(Leslie Ming)。
原題は、"Triangle of Sadness"。

 

上半身裸の男性モデルたちがオーディションを待つ控え室。ルイス(Thobias Thorwid)がカメラに向かって立ち、ピンマイクのチェックをする。男性のモデルにとって最も重要なことって何かしら? ルイスが黒いストレートヘアの男性(Fredrik Quiñones)にマイクを向ける。かっこいい見た目。それで? それだけ。格好いい見た目と歩き方? 同時じゃないよね? たいていは同時かな。本当に? 出来るわけ? もちろん。じゃあ見せてよ。歩かせておいて軽くあしらうと、ルイスは別のインタヴュー相手を探し出す。ドレッドヘアの男性(Filip Roséen)に声をかける。両親はモデルになるの応援してくれてるの? ずっと、最初からね。父親も? そうだけど? 女性の3分の1しか稼げない業界に入って欲しいって? 常にベッドをともにしたがってるホモセクシャルを相手に上手く立ち回らなきゃならないのに? その場にいたモデルたちがどっと笑う。
隣室ではオーディションが進行している。
ルイスがカール(Harris Dickinson)にインタヴューする。調子は? いいよ。今回のオーディションは不機嫌そうなブランド? それともにこやかなブランド? …分からないな。笑顔のブランドは低価格路線よ、ブランドの価格帯が上がれば、それだけ消費者を見下すの。その他大勢から抜け出したいならたんまりあるって見せつけないと。それが不機嫌そうなブランドだね。おめでとう! 嬉しいわ。仕事を手に入れたら高級なファッションに身を包んで消費者を見下すのよ。ちょっと不機嫌な感じやってみて。勘弁してよ。やるのよ、カール! できるわ。そう、俺に話しかけんなって感じ。俺はアーリア系のスーパーマン、自己イメージに執着しすぎでイメージに合わないものには関わらないってね。…あれ? 俺、もっとお手頃な服を着てる。H&Mだ! みんな寄って! あなたも幸せになれるわ、いろんな肌の色の人たちがみんなで笑顔、そんなにお金をかけずにね。#友情、#みんな平等、#幸せな生活、#ストップ気候変動! ごめ~ん、バレンシアガを着てるの見えてなかった…。俺たちは強く逞しい、近寄れないぜ。バレンシアガ感出して! カールと並んで立つモデルたちが不機嫌そうな顔を作る。悪いけど、またH&Mで! 皆が笑顔を見せる。僕たちお手頃、みんな幸せ! みんな寄って、またバレンシアガで! ルイスがモデルたちの表情を次々に変えさせて笑わせる。素晴らしい、素晴らしいわ!
カールがオーディションに臨む。ポートフィリオを審査員に提出する。眼鏡をかけた女性のキャスティング監督(Ann-Sofie Back)がモノクロームの写真に目を留める。男性のデザイナー(Robert Nordberg)がこの香水の広告はいつのかと尋ねる。3年前かな。2年連続で? そう。ちょっと歩いてみてもらえる? 笑わずに、止まらずに。カールが壁まで歩いて行って戻って来る。もう1度。再びカールが歩く。ファッションは表面だけけじゃないの。内面も。歩くときに好きな曲を思い浮かべて。男性のデザイナーが鼻歌交じりに歩いてみせる。リズミカルにだね? そう。三度カールが歩く。皺をなくせないかな、悲しみの三角形の。眉間のところ。デザイナーが表情をつくらせてみる。ありがとう。キャスティング監督がカールにポートフォリオを返却する。
第1部「カールとヤヤ」
ファッションショー。客席の最前列中央に坐っていた男性(Alex Schulman)にスタッフが声をかける。この席が必要だから譲って欲しいと頼まれ男性が立ち上がろうとすると妻(Emma Warg)が止める。それでもスタッフに説得されて夫婦が席を立つ。さらに夫婦の隣にいた女性(Amanda Schulman)も席を空けさせられる。3人の女性(Camilla Läckberg, Christina Saliba, Karin Myrenberg Faber)がやって来て空いた席に坐る。1人が4人なのとスタッフに訴えると、最前列に座っていた客たちに1つずつ隣にずれるよう指示を出す。その結果一番端に座っていたカールの席がなくなってしまう。どこに坐れば? 向こうに。スタッフに後方の空いた席を示される。
照明が落ち、赤い光が明滅して、鼓動が響く中、チェロが奏でられる。誰もが平等だ。メッセージがステージのスクリーンに表示される。今、行動せよ。今、愛せよ。世界に新たなファッションの思潮が流れ込んでいる。暗いステージからチェリスト(Linnea Olsson)が退場し、ダンサブルなポップミュージックが流れ始める。ヤヤ! ヤヤ(Charlbi Dean)の登場に歓声が上がる。スクリーンには「楽観主義を装ったシニシズム」の表示。スポットライトを浴び、ランウェイを颯爽と歩くヤヤを暗い客席に坐るカールが見詰める。
高級レストランの席でヤヤがコンパクトを手に化粧を直している。ありがとうございます。給仕が伝票をテーブルの中央に置く。躊躇っていたカールが伝票を手にすると、ヤヤがごちそうさまと言う。微笑むヤヤ。ここ気に入った? ちょっと堅苦しい? どうしたの? 何か考え事? 何も。何かあるんでしょ。正直に言ってよ。あんな風にごちそうさまとか言われたら、僕が払う以外ないよね。様子を窺ってたでしょ。僕が伝票を取るの。割り勘にするわ。電卓出そうか。いいんだ。ワインは何杯飲んだ? 3杯だっけ? そういうことじゃないんだ。その方が平等だと思うけど。昨晩のこと覚えてない? 今日は支払うって。食事の後でごちそうさま、明日は私がご馳走するわって。そう、でもあなたが伝票を取ったから、あなたが払いたいんだろうって思ったの、だからごちそうさまって。でも伝票は置いてあったでしょ。気付かなかったの。啞然とするカール。気付かなかった? 気付かなかった。素晴らしい食事だったなって。伝票が置かれたの見なかったわけ? そうよ。ウェイターがやって来て、テーブルの中央に置いたんだ。見なかった? 何? 真剣に訊いてるんだ。ヤヤが立ち上がる。待てよ。座れよ。何がいけなかったか理解しようとしてるの! 2人の険悪な雰囲気に店内の人々が何事かと注目する。

 

カール(Harris Dickinson)は、香水の広告に採用されたことがあるもののモデルとしてまだ駆け出しで、オーディションでは歩き方を注意されるほど。対して交際相手のヤヤ(Charlbi Dean)はトップモデルのインフルエンサーだ。ヤヤの出演したファッションショーを観覧した後、カールはヤヤの薦めた高級レストランで一緒に食事をした。会計する段になってカールはヤヤを咎める。前の晩に明日のディナーは支払うと請け合ったのに、伝票を取ろうともしなかったと。ヤヤは伝票に気付かなかったし、伝票を取ったカールが払いたがっていると思ったと言う。ヤヤはクレジットカードをウェイターに渡すが、カードが通らない。現金を取り出すが足りそうにない。見かねたカールがカードをウェイターに渡す。タクシーに乗り込んだカールはお金の話題は難しいと溢す。ヤヤはお金について話すのはセクシーじゃないと言う。ジェンダーの問題に関わるからだと主張するカールに、気前の良さでは人後に落ちない、友達が認めてくれると反論するヤヤ。それなら親友になりたいとカールが言えば、親友とはベッドを倶にしたくないとヤヤが返す。2人の言い争いはホテルのエレヴェーターに持ち越され、激しさを増す。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

3部構成でカールとヤヤとを(楽観主義を装った?)シニシズムの観点で描く。第1部「カールとヤヤ」で2人の立場・関係を示した後、日常を離れ、豪華客船を舞台とした第2部「ヨット」以降で2人の関係が変容していくかを見せる。
第1部で、スポットライトを浴びてランウェイを颯爽と歩くヤヤに対して、客席の闇の中で赤い光浴びて浮かび上がるカールを対照的に見せる(しかも、最前列に坐っていたカールは、後から来た招待客のために主催者によって後方の席へ移らされる)。また、レストランからの帰りに激しい雨の中乗り込んだタクシーでは、ワイパーがたてると思われる耳障りな雑音がする。その軋む音は、2人のギクシャクとした関係を強調する。第2部でも豪華客船のデッキで日光浴をする2人の周囲を飛び回る蝿の音がする。肥料会社を皮切りに投資で財を成したロシア人ディミトリ(Zlatko Buric)――妻ヴェラ(Sunnyi Melles)だけでなく愛人のルドミラ(Carolina Gynning)を伴っている――、手榴弾などを製造してきた――地雷は禁止されて売り上げが2割減った――老夫婦、ウィンストン(Oliver Ford Davies)とクレメンティン(Amanda Walker)など、裕福な人々が乗り込む中、イングルエンサーとして招待されているという2人は蝿に準えられているのか。
ヤヤはカールをトロフィーワイフになるための道具として利用している訳ではなく、カールに期待して奮起を促しているが、カールは愛情とジェンダーの問題を格差是正に用いようとしている。対等な関係とは何について何をもって構築されるべきなのかが問いかけられている。
冒頭、第1部に入るより以前、オーディションに臨むカールは、テレビ番組のレポーターのルイスから(笑いを取って番組を盛り上げるためだが)高級ブランドとファストファッションとでの表情の使い分けを指南される。カールの臨機応変の対応を示唆する。
豪華客船は客、乗組員、清掃員などの上下関係がその位置によっても示される。嵐に呑み込まれて激しい揺れのために客達は激しく吐瀉し、下水は逆流すると、人間関係もまた逆転することの予兆となっている。
カールは、ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)の『ユリシーズ(Ulysses)』を読んでいる(あるいはクルーズに持ち込んでいる)。
皺の寄りやすい眉間=「悲しみの三角形(Triangle of Sadness)」は、真の悲しみであるのか。あるいはヒアルロン酸注射により消せる見せかけの悲しみなのか。