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芸術鑑賞の備忘録

映画『マジック・マイク ラストダンス』

映画『マジック・マイク ラストダンス』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
112分。
監督は、スティーブン・ソダーバーグ(Steven Soderbergh)。
脚本は、リード・キャロリン(Reid Carolin)。
撮影は、ピーター・アンドリュース(Peter Andrews)。
美術は、パット・キャンベル(Pat Campbell)。
衣装は、クリストファー・ピーターソン(Christopher Peterson)。
編集は、メアリー・アン・バーナード(Mary Ann Bernard)。
音楽監修は、シーズン・ケント(Season Kent)。
振付は、アリソン・フォーク(Alison Faulk)とルーク・ブロードリック(Luke Broadlick)。
原題は、"Magic Mike's Last Dance"。

 

ロンドン。雨の降る晩。水溜まりに映る光が雨粒に揺れる。ラティガン劇場の看板の電飾の光。
ダンスに対する衝動は霊長類の祖先が人類に進化する遙か以前から存在した。進化生物学者によれば、ダンスは初期人類にとって生存に不可欠な社会的協力を促進するために用いられたという。実際、今日の最も優れた舞踏家は対人関係を構築する優れた能力に関わる2つの遺伝子を有しているとの研究結果もある。しかし、人類を救うほどの力があるにも拘わらず、ダンスはマイアミの小さな家具会社をパンデミックによる経済不況から救い出すことが出来なかった。マイク・レーンは、多くの40代のミレニアル世代の白人男性同様、気が付けばかつて見た夢の中をただ1人漂っているのだった。
白いYシャツに黒いネクタイのマイク・レーン(Channing Tatum)が岸壁で海を眺めている。すいません! ここは立ち入り禁止です。イヴェント・プランナー(Daniel Llaca)がマイクに声をかける。それじゃ、あんたもいられないね。言うね。設営を始めてくれ。トラックが到着したから。男はマイクにベストを投げ渡す。
マクサンドラ・メンドーサ(Salma Hayek)の主催するチャリティ・イヴェント。会場にはクジラの59%がプラスティックゴミを体内に取り込んでいると訴えるポスターが貼られている。瀟洒な邸宅の前に広がる港を見晴らす庭には富裕な来場者で賑わっている。バーに飲み物を取りに来た女性たちはマクサンドラを酒の肴にする。マイアミの滞在は一時的なの? ロンドンには戻れないのよ、ロジャー(Alan Cox)がいるから。娘のゼイディ(Jemelia George)のために帰らないといけないでしょ。ロジャーはまだ縒りを戻すことを期待しているらしいわ。そこへマクサンドラがやって来る。簡単な挨拶を交わして、女性たちがそそくさと立ち去る。マクサンドラがマイクにスコッチのストレートを注文する。目論見通りに進んでる? 寄付は順調に集まってるみたいだけど。誰も何のチャリティか分かってないわ、それでもお金は出してくれるけど。人って自分にはないものを見るのが好きなんじゃないかな。マクサンドラがグラスを手に取り、マイクを見てしばし思案する。…そうね。マクサンドラが立ち去ったところへ、キム(Caitlin Gerard)が夫(Christopher Bencomo)とともに姿を現わす。ウォッカソーダ2つ。あなた見覚えがあるわ、州立大でしょ? 州立大? あり得ませんよ。絶対会ったことあるわ。すいません、記憶にないです。驚かせるんじゃないよ。そんなんじゃないわ。本当に覚えてない? 私の店で? いいえ、あなた警官だったでしょ? キムが目配せする。…ああ、随分前にね。妻を逮捕しました? 警告に留めましたんじゃないかな。社交団体の誓約イヴェントで、羽目を外したの。今は行儀良くしてるのかな? 素晴らしくね。それは良かった。マクサンドラの弁護団のメンバーなの。何を専門にした法律家さん? 家族法全般ね。特に離婚を専門にしてるわ。会えて良かった。また10年後に。 
イヴェントが終わり、薄暗い中で撤収作業をしていると、ティト(Adam Rodriguez)から電話が入る。そこへイヴェント・プランナーから声がかかる。ラディガン夫人がお呼びだよ。でも撤収作業が終わってないけど。聞こえなかったか? ラディガン夫人がすぐに会いたいと言ってる。
海側が全面ガラス張りの大きなリヴィングルーム。照明は点けられておらず薄暗い。マイクが入ると、マクサンドラは電話の最中だった。…言い訳するなら私にじゃなくてゼイディにして。…もちろん滅茶苦茶気分が悪いわ。夫のロジャーと言い争うマクサンドラは、マイクが声をかけても気が付いていない様子。会いに来るよう言われたんだけど、外で待つべきかな? 会いたくなんかないわ。話がしたいなら弁護士同伴で。立ち去るマイクをマクサンドラが呼び止める。会いに来るよう言われたんだ、立ち聞きするつもりはなかった。分かってるわ、戻って。バーテンダーの仕事は気に入ってるの? もちろん、まあ、本業ではないけど。本業って何なの? まあ、長い話さ。何で俺を呼んだの? マクサンドラは言い出しかねる。名前は? マイク。よろしくね。よろしく。いくらなの? 何の話? 言わせないでくれる? 初めてで気まずいの。何のこと? キムが話してくれたの、あなたがダンサーだったって。ああ、キムが。でももう踊ってないんだ。名前は? マックス。マックス、会えて良かった。ごめんなさい、あなたの気分を害すつもりはなかったの。怒らせてなんかないさ、心配しないで。本当、自分が何してるのかさえ分からないの。いつもはこうじゃないのよ、最悪の日、最悪の週、最悪の月と年を過したってだけ。俺も一緒さ、俺を怒らせてなんてないよ。良かった。仮に最後にもう1度だけ踊るとしたら、いくら必要かしら? 6万ドルかな。マイクが立ち去ろうとする。6万ドル? 何をするわけ? 馬鹿げたダンスだって聞いたけど。キムが言ってたって? ええ、彼女が馬鹿げたダンスだって、でも頭が真っ白になるって。彼女が言うとおりなら、6万ドルでも喜んで払うわ。本気なの? 踊ってあげるだけで6万ドル? ええ、でも不満かしら? 交渉成立? マイクはドアに向かう。出て行くつもり? マイクは出て行く代わりに鍵をかけた。

 

パンデミックによる経済不況でマイアミの家具会社を失ったマイク・レーンは、バーテンダーとして糊口を凌いでいた。マクサンドラ・メンドーサ(Salma Hayek)の主催するチャリティ・イヴェントに参加した際、マクサンドラの顧問弁護士チームの1人で離婚訴訟の専門家キム(Caitlin Gerard)から、10年前、州立大学の女子寮でマイクのストリップダンスを体験したと告げられる。イヴェント終了後、マイクはマクサンドラから呼び出される。夫ロジャー(Alan Cox)の不倫で婚姻関係解消のゴタゴタの最中にあり塞ぎ込んでいたマクサンドラは、キムからマイクが頭が真っ白になるダンスをしてくれると聞き、マイクが6万ドルとふっかけたにも拘らず、所望する。マイクの官能的なダンスに酔い痴れたマクサンドラは、報酬を受け取らないマイクにロンドンでクリエイティヴな仕事があると同行を求める。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

マイク・レーンと彼を演じるChanning Tatumの魅力に溢れた作品。
映画は水溜まりを映し出して始まる。水、とりわけ雨は、マクサンドラが「あなたって水みたい。(Te mueves como el agua.)」と評するように、マイクを象徴する。
マクサンドラは、所有するラティガン劇場で上演予定の、つまらない金持ちの男か気立てはいいが貧しい男か選択を迫られる女性イザベル(イザベルを演じるのはハンナ(Juliette Motamed))を描く芝居を、マイクの力でイザベルの欲望を叶える作品に刷新することを目論む。芝居に男性ストリップを導入し、眼差しの主体→客体を男性→女性から、女性→男性へと転換するのだ。
水はファム・ファタル(=女性)と結び付けられてきた。マイク(=男性)を水と結び付けるのもまた、眼差しの転換であった。
芝居の中で、ヴァレリーナ(Kylie Sheaら)らが踊るダンスが、マクサンドラにマイクとの鮮烈なダンス(=性愛)の記憶を思い出させる。そして、マイクの演出したダンスはマクサンドラに雄弁に語りかけ、マクサンドラはマイクへの思いを再確認することになる。

 自然言語母語は、気づいたときにはつねにすでに与えられている。こうして、それじたいがじつは言葉の豊穣を示すものであるにもかかわらず、翻訳の問題が、一瞬、人の前に立ちはだかるように思える。
 だが、すぐれた舞踊はこの問題にまったく別な照明を当てる。一言も発しないにもかかわらず、すぐれた踊り手のひとつらなりの仕草が水滴のように輝く言葉のつらなりとして舞台の上にこぼれおちるとき、人はまるで奇跡を見ているような思いに襲われる。舞踊は無言だ。けれど驚くほどに雄弁なのである。このことはいったい何を意味するか。
 人はそのとき、言語の始原、始原の言語に向き合っているのだ。言語という方向性に向き合っているのだ。言語へと進むほかなかった生命の方向性に向き合っているのだ。
 すぐれた舞踊を理解するに、言語の知識は必要ではない。外国語に堪能である必要などない。ただ、人生経験の豊かさが必要なのだ。そしてその人生経験の豊かさをもたらす土壌こそ言葉にほかならないのである。人生経験の豊かさとはどれだけ多くの他者の人生を生きたかということ、他者の身になったかということであり、それこそ言葉の体験にほかならないからだ。(三浦雅士『考える身体』河出書房新社河出文庫〕/2021/p.297-298)

ストリップではないが、ダンスが重要な役割を演じている作品として、映画『世界にひとつのプレイブック(Silver Linings Playbook)』(2012)をお薦めしたい。