可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ノック 終末の訪問者』

映画『ノック 終末の訪問者』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
100分。
監督は、M・ナイト・シャマラン(M. Night Shyamalan)。
原作は、ポール・トレンブレイ(Paul G. Tremblay)の小説『終末の訪問者(The Cabin at the End of the World)』。
脚本は、M・ナイト・シャマラン(M. Night Shyamalan)、スティーブ・デスモンド(Steve Desmond)、マイケル・シャーマン(Michael Sherman)。
撮影は、ローウェル・A・マイヤー(Lowell A. Meyer)とジェアリン・ブラシュケ(Jarin Blaschke)。
美術は、ネイマン・マーシャル(Naaman Marshall)。
衣装は、キャロライン・ダンカン(Caroline Duncan)。
編集は、ノエミ・カタリナ・プライスベルク(Noemi Katharina Preiswerk)。
音楽は、ヘルディス・ステファンスドッティル(Herdís Stefánsdóttir)。
原題は、"Knock at the Cabin"。

 

ペンシルヴェニア州。森でウェン(Kristen Cui)が羊歯に留まったバッタを両手で包むようにして捕まえ、既に何匹かバッタが入っている、草と木の枝を入れた硝子瓶の中に加える。大丈夫、安心して、傷つけたりしないから。ちょっと観察させてもらうだけ。いいよね? ウェンはノートを取り出し、今捕まえたバッタの記録を付ける。ケロラインにするね、学校の友人の名前なの。すごくいい子。だけどおならをしてもしてないフリをするの。そんなことしないでね、瓶の中で一緒なんだからさ、匂いがしたらみんなに嫌われちゃうよ。デニムのパンツに白い半袖のシャツを着た、がっしりとした体つきのスキンヘッドの男(Dave Bautista)が近付いてきた。やあ。この辺りの人間じゃ無いんだけど、新しい友達が欲しくてね。ちょっと話せないかな? 知らない人とは話さないよ。もちろんそうだね。話しちゃいけない。賢いね。でも、僕は友達になるために来たんだ。だから友達になれるといいなあ。名前は何て言うの? ウェンリン。でもみんなウェンって呼ぶ。会えて嬉しいよ。僕はレナード。レナードは刺青を入れた手をウェンに差し出す。ウェンが握る。バッタを捕まえてるのか。手伝おうか? うん、そうだね。子供の頃はバッタを捕まえるのが好きだったな。レナードはバッタの後ろから水平に手を動かして捕まえる。すごく上手! どうも。瓶を貸してくれる? 蓋を開けるウェン。待って。瓶にいるバッタを落ち着かせないと。混乱させたくない。ウェンがゆっくりと蓋を開ける。レナードがバッタを中に入れる。生まれもっての才能かい、それとも誰かにバッタの捕まえ方を教わった? エリックパパ(Jonathan Groff)に教えてもらったの。私は研究してるの。動物の世話をしたいんだよね、大きくなったら。パパのことを名前で呼んでるのかい? 私がどっちのパパのことを話してるのか分かったもらうためよ。エリックパパとアンドリューパパ(Ben Aldridge)がいるから。学校の他の子たちはみんなパパは一人だけなんだ。ディズニーチャンネルでもパパは一人だけ。困ってる? 全然。だけどカウンセラーが父親が二人いるなんてすごいねって言うときは別。実は彼女、逆のこと言いたいじゃないかって思っちゃうんだよね。レナードは自分が歩いてきた方向を気にする。どうしたの? 別に、何でもないよ。いくつかい? あと6日で8歳。おめでとう、もう誕生日だね。実はたまたま君に渡したいものを持っててね。綺麗だと思ってとっておいたんだ。早めの誕生日プレゼントだよ。レナードがポケットから一輪の花を取り出す。気に入らないならゲームをしてもいい。何のゲーム? 交代で花びらを取って質問するんだ。ゲームをしてるうちにお互いのことがもっと分かるよ。仲のいい友達になろうよ。いいよ。好きな映画は? 『魔女の宅急便』。見たことないな。調べてみるよ。君の番。ウェンが花びらを抜く。何でここに? レナードは自分の通ってきた方向を気にする。…ええと、友達になるためかな、君や君のパパと。それに、たぶんバッタを捕まえるため…。唇の小さな疵はどうしたの? ウェンは沈痛な面持ち。ごめん、訊くべきじゃなかったね。立ち入ったことだったよね、遊びにしても。大丈夫だよ。生まれつきなの。パパはね、治すには沢山のお医者さん診てもらう必要があるって言ってた。君みたいな疵は無いけどね、僕の心は疵だらけなんだ。何で傷だらけなの? 今日やらなきゃならないことがあるから。やらなきゃならないことって? ウェンは、手にした道具がカタカタと鳴る音とともに、数名が森に現れたのに気付く。あの人たち、友達なの? 君は僕の友達だってこと、それだけは何があっても忘れないで欲しい。近付いてくるのは僕と仕事をする人たちだよ。僕ら4人にはとても大切な仕事があるんだ。実は人類の歴史の中で一番大切な仕事かもしないんだ。棒状の道具を持った不穏な男女3人が迫っていた。君のでもパパたちの問題でもない。何も悪いことはしていないけれど、3人には難しい決断をしてもらわなきゃならない。恐ろしい決断だよ。そんなことしなくて済めばいいって心から願ってるんだ。ウェンは怖くなって小屋に向かう。ウェン! パパたちは僕たちを入れたがらないと思う。でも、入れなきゃダメだって伝えてくれ。そうじゃな押し入ることになってしまうんだ。分かるか? ウェンは小屋に逃げ込むと、ドアを閉める。ウェンは慌てて裏手のサンデッキで寛ぐパパ達の元へ駆けて行った。

 

ペンシルヴェニア州。ウェン(Kristen Cui)は、里親である2人の父エリック(Jonathan Groff)とアンドリュー(Ben Aldridge)と森にある小屋に滞在して休暇を過していた。ウェンが森でバッタを採って観察していると、がっしりとした体つきのスキンヘッドの男(Dave Bautista)が近付いてきた。男はレナードと名乗り、友達になろうと言った。レナードはバッタを捕まえるのが上手だった。6日後に8歳になるというウェンに2人の父親がいると知ったレナードは、ウェンに何をしに来たのか訊ねられ、とても重要なことをしなければならないと答える。そのときレナードの仲間の3人――レドモン(Rupert Grint)、エイドリアン(Abby Quinn)、サブリナ(Nikki Amuka-Bird)――が武器を手にして近付いてきた。君たちには難しい決断をしてもらわなくてはならない。恐ろしくなったウェンは小屋に逃げ込む。サンデッキで寛いでいたエリックとアンドリューは、知らない人に襲われると叫ぶが、2人の父親は本気にしない。4人組。大きいのがレナード。人類の歴史の中で一番大切な仕事をしなくてはならないと言っている。アンドリューは宗教の勧誘でも来たのだと思う。武器を持ってるのと訴えるウェンに、2人はようやく笑い事ではないかもしれないと気付く。そのとき、ドアを叩く音がした。レナードだ。仲間と一緒にいる。ドアを開けてくれないか?

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

捕まえて瓶に入れたバッタに、ウェンは学校の同級生の名前を付けて観察する。瓶はウェンの学校の縮図であり、社会のメタファーになっている。そして、森の中にある小屋は、エリックとアンドリュー(そしてウェン)の避難所である。彼らは小屋に追い込まれたとすれば、小屋は瓶のアナロジーである。レナードが新たにバッタを捕まえて瓶の中に入れるのは、その避難所にやって来た闖入者である自分たちに他ならない。
エリックとアンドリューの2人の父親がウェンを育てる状況を不適切と判断し、当局が介入しようとしている。そのメタファーが森の中の小屋だ。2人の父親と娘の状況を認めるなら、道徳や秩序が崩壊する。既存の価値を守るか、さもなくば世界の滅亡か。極限的な二者択一の状況を設定しての、思考実験としての作品である。
本作はスリラーでありSFであるため、かなり趣向は異なるが、男性カップルが障害を持つ子供を育てる、映画『チョコレートドーナツ(Any Day Now)』(2012)をお薦めしたい。