展覧会『舟越桂「書庫の中を飛ぶ」』を鑑賞しての備忘録
西村画廊にて、2023年5月25日~6月3日。
木彫《書庫の中を飛ぶ》と、同作のエスキースなどドローイング10点とで構成される、舟越桂の個展。
《書庫の中を飛ぶ》(1010mm×460mm×320mm)は、頭頂部に6冊の本、3本の木、1棟の建物のミニチュアを載せた樟材による女性の上半身の裸体像。首が正中線から左肩にずらされた位置から長く真っ直ぐに伸びる。首までの距離がより長い右肩は、左肩よりもなだらかに傾斜する。両腕はほぼ真下に降ろされ、(胴の切れ目の位置で)手首から先は省略されている。首下に近い辺りをチョーカーのように青い線がぐるりと囲み、そこより下の身体には白い絵具が施されているが、乳首や臍が露わであることから着衣の表現ではない。大理石の眼球は右目がほぼ正面を向くのに対し、左目はやや左側に寄っている。額や鼻、頬などには赤味が差し、ヴェリーショートの頭髪は刻まれた線と茶の着彩とで表わされている。頭頂部の革装らしき書籍、丸い樹冠を持つ樹木、切妻屋根の玩具のような模型は、縮尺を違えて同じサイズに揃えられ、ティアラのようだ。その両脇には頭髪が突き出している。翼の表象であろう。なお近くの壁に《《書庫の中を飛ぶ》のためのドローイング》(1185mm×900mm)が展示されており、瞳の向きや建物のミニチュアの建物の塔屋などに変更が加えられていることが分かる(他にも《書庫の中を飛ぶ》の頭部のみを研究したと見られる《DR2311》や《DR2313》などが展示されている)。
身体が白い絵具で覆われているのは雲の表現であり、青いチョーカーのような帯は雲の無い上空(ないし高度)を示すのではないか。空気抵抗を回避し、なおかつ視界を確保する、航空機の飛行環境の表現と思われる。長い頸部によって頭部が突き出しているのは、飛行が書庫ないしそれが象徴する記憶(すなわち頭)の中で行われるためだろう。頭頂部に並ぶ建物・樹木・書籍のミニチュアは、それらを俯瞰していること、すなわち高い位置からの眼差しを示唆する。建物のミニチュアは当然、書庫(図書館)である。本に加え樹木が表わされているのは、紙が木から生まれ、図書館を意味するlibraryの語源にも木の皮(liver)が含まれるためだけではない。木とは記憶装置なのだ(映画『アフター・ヤン(After Yang)』(2021)参照)。そして、記憶装置(≒書庫)である樹木の周囲を飛び回り(彫像が鉄の支柱で地面から浮かされているのだから蚤を入れる作家がその周囲を飛び回っていると表現して差し支えあるまい)、木の中に埋まっている記憶を掘(=彫)り出すのが彫刻なのである(夏目漱石「夢十夜」第六夜参照)。「書庫の中を飛ぶ」とは、彫刻の制作行為自体の具現化なのであった。