可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
105分。
監督・脚本は、サラ・ポーリー(Sarah Polley)。
原作は、ミリアム・トウズ(Miriam Toews)の小説"Women Talking"。
撮影は、リュック・モンテペリエ(Luc Montpellier)。
美術は、ピーター・コスコ(Peter Cosco)。
衣装は、キータ・アルフレッド(Quita Alfred)。
編集は、クリストファー・ドナルドソン(Christopher Donaldson)とロズリン・カルー(Roslyn Kalloo)。
音楽は、ヒドゥル・グドナドッティル(Hildur Guðnadóttir)。
原題は、"Women Talking"。

 

この物語はあなたが生まれる前に終っています。アーティヤ(Kate Hallett)が語りかける。
鳥の囀りが聞こえる。朝日の射し込む寝室。ベッドで眠るオーナ(Rooney Mara)。布団が落ち、着衣が乱れ、彼女の脚が露わになっている。太腿にはいくつもの痣がある。起き上がったオーナが異状に気付き、母親を呼ぶ。またよ。アガタ(Judith Ivey)がやって来て娘を抱き締める。
私たちが目覚め、手の痕跡に気付いたとき、長老たちは幽霊か悪魔の仕業だと言いました。または、注意を引くために噓を付いていたとか、女性の突飛な想像力によるものだとか。それは長年に亘り続きました。私たち全員にです。無重力状態。かつて存在し今は失われてしまったたものの上を漂っているような感覚。もはや現実の世界に戻ることを許されない流刑に処せられたような。
夕暮れの草原でサロメの娘ミープ(Emily Mitchell)ら少女達が思い思いの時間を過している。
私にそれが起こっていなければ私はどんな人になっていたかと考えたものです。私が成り得た可能性のある人になれずに悲しい思いをしていました。もうそんなことはしません。破局と団結と、その両方を迎えるからです。
私たちは連中の一人に気付きました。彼の顔を見たのです。彼は他の連中の名前を挙げました。
サロメ(Claire Foy)が鎌を持って強姦魔の留置されている駐在所を襲撃するが、取り押さえられる。
結局、襲撃者たちは身の安全を確保され、市内の警察署に移送されることになりました。開拓地の男性のほぼ全員が襲撃者たちの保釈金を納付するために市内へ向かいました。
市内へと向かう男性たちの馬車の列を女性たちが沈痛な面持ちで眺めている。
攻撃者たちが戻って来る迄の2日の間に連中を許さなくてはなりませんでした。もし許さなければ、開拓地を去るだけでなく天国への扉が閉ざされることを意味しました。
夜、部屋に集まった女性たち。ナイティヤ(Liv McNeil)が紙に描いた3つの絵を説明する。何もしない。ナイティヤが指差したのは農場の風景。留まって戦う。男と女が向かい合ってナイフを交叉させている。立ち去る。馬が振り返る絵。
干し草置き場に女性達が長い行列を作る。
私たちの開拓地の女性たちは学校教育をほとんど受けていませんでした。ほぼ文盲でした。でも、その日、私たちは投票の方法を学んだのです。
行列の先には目隠しの板を取り付けた台があり、ナイティヤの描いた絵が置かれている。何もしないか、戦うか、立ち去るか。1人1人が希望するものに印を付けることで意思を表示することができた。
投票の結果は、留まって戦うと立ち去るとが同数でした。そこで、あなたと私の家族を含む3家族が開拓地の女性がどう対処するかを決定するため選ばれたのです。
アーティヤとその母マリーチェ(Jessie Buckley)、叔母メジャウ(Michelle McLeod)、祖母グレタ(Sheila McCarthy)。ナイチャと2人の伯母オーナとサロメ、祖母のアガタ。スカーフェイス・ジャンズ(Frances McDormand)とその娘アナ(Kira Guloien)、アナの娘ヘレナ(Shayla Brown)。3家族の女性たちが干し草置き場に集まり、話し合いの場を急拵えする。
あなたのお母さんは、教師のオーガスト(Ben Whishaw)に書記を頼みました。オーガストは開拓地に戻ってきたばかりでした。彼の家族はずっと前に開拓地を逐われていたのです。オーガストは幼い頃からあなたのお母さんが大好きでした。
話し合いに集まった女性たちがお互いの足を洗い合う。
あなたの祖母アガタは、私たちがお互いに奉仕し合う必要を説きました。私たちはお互いに足を洗い合わなければなりませんでした。ちょうど臨終を迎えることを悟ったイエスが最後の晩餐で弟子達の足を洗ったように。あなたがどのような世界に生まれ落ちるか考えるのに24時間しか残されていませんでした。

 

その開拓地では、女性たちが夜中に寝所に忍び込んだ男たちによって強姦される事件が後を絶たなかった。宗教指導者たちは悪魔の所業か女性の妄想だとして被害の訴えに耳を貸さない。まともな教育が授けられず、強姦を含め性的な事柄についての知識も乏しかった女性たちは耐え忍ぶ他に無かった。だがアーティヤ(Kate Hallett)が現場から逃走する男の顔を目撃したことを端緒に強姦魔たちは遂に逮捕されるに至った。幼い娘ミープ(Emily Mitchell)をレイプされたサロメ(Claire Foy)が駐在所を襲撃したため、強姦魔たちは安全確保のため都市の警察署に移送される。開拓地の男たちが保釈金を払いに都市に出払った隙に、女性たちは対応を決めることになった。選択肢は3つ。これまで同様に何もしないか、開拓地に留まって男たちと戦うか、開拓地を出て行くか。投票の結果、戦うか立ち去るかが同数に。アーティヤとその母マリーチェ(Jessie Buckley)、叔母メジャウ(Michelle McLeod)、祖母グレタ(Sheila McCarthy)の一家、ナイティヤ(Liv McNeil)と2人の伯母オーナ(Rooney Mara)とサロメ、祖母のアガタ(Judith Ivey)の一家、スカーフェイス・ジャンズ(Frances McDormand)とその娘アナ(Kira Guloien)、アナの娘ヘレナ(Shayla Brown)の一家、3家族の女性たちによる話し合いに対応が一任されることになった。オーナは読み書きの出来ない自分たちに代わり、教師のオーガスト(Ben Whishaw)に書記を任せ、将来のために記録を残すことにする。オーナは強姦魔の子の出産を間近に控えていた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

中心となるのは、女性たちによる会議であり、半ば密室劇のような作品である。陰惨なレイプに象徴される尊厳と権利の蹂躙に対し、女性たちがいかに立ち向かうかを話し合う。なお、レイプに関する直接的な描写・言及はほとんどない。その種の描写を避けたいという製作者の意図とともに、女性たちが教育を授けられず、性的な知識も極めて限られていたという状況が反映している。
メノー派の宗教的共同体は、男性指導者により運営され、女性たちはほとんど教育を受けることなく男性の支配に甘んじてきた。長年に亘り家畜用の鎮静剤を用いて女性たちは強姦され、中には自殺した者もいたが、宗教指導者たちは悪魔の所業や女性のヒステリーだろうと、女性たちの被害の訴えを斥けてきた。アーティヤが強姦魔の顔を目撃し、彼が共犯の名を告白したことから、遂に強姦魔たちが逮捕されるに至った。幼い娘を襲った男たちに復讐しようとサロメが駐在所を襲撃したため、被疑者たちは都市の警察署に移送される。男たちは保釈金を払うために総出で村を空けた。それは女性たちが赦免するために赦された僅かな猶予だった。女性たちはその隙に今後の対応を投票で決めることにして、留まって男性たちと戦うか、開拓地を去るかで意見が割れたため、3家族の協議に対応が一任された。
オーナは強姦魔の子の出産を控えている。ナイティヤの母親は引き続くレイプに耐えられず自殺した。メジャウは発作を繰り返し起こし、煙草が手放せない。メルヴィン(August Winter)は男装して子供たちとしか言葉を交わさなくなった。尊厳を蹂躙され、居場所が無いと感じる女性たちは、ある意味では動物以下の地位に置かれている。男性たちはそのような女性たちを都合良く支配している。
それでも、これまで通りの暮らしを満ち足りたものだと捉え、赦しも重要な信仰だと訴えるスカーフェイス・ジャンズは、戦うか立ち去るかしか選択肢の無い話し合いの場から、娘アナと孫娘ヘレナとともに早々に立ち去る。だが赦さなければ追放されてしまうという強制された赦しは教義に適う――天国の門を潜る――赦しなのか。
他方、そもそも顔を見られた1人の男が名を挙げた連中が果たして真犯人なのかという疑念は付き纏う。そして、確固たる証拠がないが故に、強姦魔たちが法的に無罪放免となるのは確実だ。
自分たちのみならず、子供たちを悲惨な目に遭わせないために何ができるのか。女性たちはより良い環境を求めて意見を出し合う。男性に従属させられてきた女性たちが自らの生き方について検討する機会など無く、議論はときに脇道に逸れ、休会せざるを得ない。だが、グレタが持ち出す馬車の譬えのように、遙か前方に視線を向けることで次第に議論は安定していく。未来のため、清水の舞台から飛び降りる覚悟を決めるだろう。

アーティヤが呼びかける「あなた」とは、オーナのお腹の中の子を指す。
映画『TAR ター』(2022)でも言及された、Hildur Guðnadóttirの音楽も印象的。

北川大輔(カムヰヤッセン)の舞台『未開の議場』が『未開の議場2023』として2023年10~11月に再演されるらしい。会話劇に関心がある向きは要注目。