可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 村上玉緒個展

展覧会『村上玉緒展』を鑑賞しての備忘録
JINEN GALLERYにて、2023年6月6日~11日。

コーヒーカップ、樹木あるいは並木、住居ないし住居群、スーツ姿の歩行者などを描いた12点の絵画で構成される、村上玉緒の個展。

《コーヒーカップ》(140mm×180mm)は、茶色いテーブルに置かれた、白いソーサーに載せた灰色のスプーンと白いコーヒーカップ、そしてカップに注がれた珈琲とが描かれる。輪郭線を用いず、茶、白、灰色の絵具を主に横方向に筆で伸ばす線で描き出している。同じ色を持つソーサーとカップとの境を描き分ける白(光の反射ないしハイライト)や灰色(カップの影)の絵具はスプーンの柄を消去してしまうがそのままにされ、スプーンがソーサーやカップに溶け出していくようだ。そのことに気付くと、コーヒーカップ自体、珈琲とテーブルという内外の茶の中に溶けていくように思われる。
《コーヒーカップ》の隣に飾られた《無題》(140mm×180mm)は、草原に立つ1本の木を描く。画面下側の3分の1を緑で塗り潰した草原が占め、画面中央にはそこに影を落とす枝葉を拡げる樹木が立つ。背景は白い空で、右側の地平線付近にわずかに桃色の光が覗く。風の表現か、中央の樹冠の緑が右方向に刷いた線で引き伸ばされる。白い空は樹木の左側では絵具が厚く盛られ、樹冠を呑み込み始める。全ては空(そら/くう)となる。色即是空である。
焦茶色の卓に置かれた白い磁器のカップを描いた《無題》(318mm×410mm)において、カップは空(から)である(泡立てたミルクなどに覆われている可能性も否定できないが、いずれにせよ、白で塗り込められていて、カップと同化している)。白いカップの中は渦を描くように表現される、渦はカップの縁、ソーサーとへと広がり、全てを白い水底へと呑み込んでいくだろう。
奥にある柵の手前の緑地に葉を茂らせる木々を描いた《無題》(318mm×410mm)では、横方向に立ち並ぶ5~6本の樹冠の中を左から右への蛇行する緑の描線が繋いでいく。全ては連なっている。さらに、ここでも木立の向こうに拡がる空(そら/くう)が鮮烈な明るい白として目立つ。
光を浴びた白い壁を持つ住宅や建物を斜め上から描き出す《無題》(530mm×652mm)には、それらの白い建物に呑み込まれていくように、奥側に密集する住宅群を描く。手前に立つ白い住宅群に対して低い位置にあるためか、奥側の住宅群は暗く、互いに癒着するように描かれる。白い歯によって咀嚼され、深淵に呑み込まれようとしている。
駅の構内であろうか、黒いスーツの男性たち3人が黄色い展示ブロックの設置された通路を通行する姿を描く《無題》(910mm×727mm)では、擦れ違う男性のスーツが溶け合って一体化するように表現されている。手前に向かって歩く男達の顔も既に溶解している。行くも帰るも、知るも知らぬも、お決まりの駅。蝉丸の「これやこの」の歌を思わせる無常感。珈琲、樹木、住宅、人物。モティーフが変わっても、やはり描かれるのは色即是空なのだ。