可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『アシスタント』

映画『アシスタント』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のアメリカ映画。
87分。
監督・脚本は、キティ・グリーン(Kitty Green)。
撮影は、マイケル・レイサム(Michael Latham)。
美術は、フレッチェー・チャンシー(Fletcher Chancey)。
衣装は、レイチェル・デイナー=ベスト(Rachel Dainer-Best)。
編集は、キティ・グリーン(Kitty Green)とブレア・マクレンドン(Blair McClendon)。
音楽は、タマール=カリ(Tamar-kali)。
原題は、"The Assistant"。

 

ニューヨーク市クイーンズ、アストリアの住宅街。寒い時節柄、まだ夜の闇に包まれている。メトロの走行音が途切れると、車のエンジン音が辺りに響く。アパルトマンのドアが開き、ジェーン(Julia Garner)が出て来て、車の後部座席に乗り込む。シートにもたれてうとうとしていたが、クイーンズボロ橋を渡る頃には目が冴えた。マンハッタンのオフィスビルは多くが消灯して人気が無い。タイムズスクエアに近い裏通りのオフィスビルに到着する。
エレベーターを降りると無人のフロアは真っ暗。会長室手前の秘書室で自分のデスクに荷物を置くと、照明を点けて廻る。給湯室で棚から自分のマグカップを取り出し、珈琲が出来るのを待つ。これから仕事だというのに蓄積した疲労に、思わず溜息が出る。
男性の秘書たちのPCの電源を入れていると、髭面の秘書(Jon Orsini)が出社した。おはようございます。ジェーンが笑顔を向ける。週末はどうでした? 問題無かった、かな。興収の印刷、頼むよ。ジェーンはすぐに印刷を開始する。
ジェーンは段ボール箱を開け、ペットボトルの水を取り出す。
会長室のデスクのグラスなどを下げる際、床に女性のイヤリングが落ちているのが見つかった。ジェーンは自分のデスクの抽斗に仕舞う。
会長室で、ジェーンがゴム手袋を着ける。スポンジに洗剤を付けてソファを念入りに清掃する。
ジェーンは給湯室で立ったままカラフルなシリアルの朝食を取る。会社の役員たちが話しながら通り過ぎる。ジェーンは慌ててシリアルを掻き込む。
ジェーンが印刷していると、眼鏡の秘書(Noah Robbins)が出社する。ベーグルは無しだ。眼鏡が紙袋を髭面に投げて渡す。何を買ってきたんだ? 髭面が中味を見ると眼鏡に紙袋を投げ返す。メールを確認してくれよ。試写の前倒ししてくれって。待てよ、ロサンゼルスは? 男性秘書がやり取りする中、ジェーンが印刷した資料を眼鏡のところに持っていく。おはようございます。会長の予定表です。週末はどうでした? 素晴らしかった。君は? ここにいました。そりゃ、どうも。

 

ニューヨーク、マンハッタンにある映画制作会社。月曜の早朝、ジェーン(Julia Garner)が職場に一番乗りする。会長(Tony Torn/Jay O. Sanders)の秘書室に勤務して5週間。ノースウェスタン大学を卒業し、映画プロデューサーになる夢を叶える1歩を踏み出したジェーンだが、週末も出社し、疲れが抜けない。照明を点けて廻り、飲み物の用意をし、会長室の片付けをし、会長の週間予定を印刷する。髭面の秘書(Jon Orsini)が出社すると、すぐに週末の興収を印刷するよう頼まれる。印刷を終えた隙に給湯室でシリアルの朝食を掻き込む。出社した眼鏡の秘書(Noah Robbins)に髭面が試写の前倒しを連絡すると、2人はすぐさま各所に電話を入れる。ジェーンは会長のロサンゼルス出張の変更の対応に当たる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

映画プロデューサーを夢見るジェーンは、ノースウェスタン大学卒業後、マンハッタンの映画制作会社に入社する。秘書室に配属されて5週間。各種資料の印刷、飲み物や昼食の準備、会長の部屋や会議室の片付け、荷物の受け取りと開梱、スケジュールの調整、会長を訪ねる様々な人々への対応等々、仕事は尽きない。週末も無く、朝から晩まで働き詰めで、父親の誕生日もうっかり忘れていた。
ジェーンがちょっとしたコミュニケーションを取ろうとしてもつれない対応しかしない同僚の髭と眼鏡。眼鏡に至っては、用があるときには丸めた紙を投げつけてくる。そのくせ眼鏡は下らないことで髭と仲良く笑い合う。問題があってもとても相談する気にはなれない。
会長が執務室にいればジェーンは数歩で会長の目の前に立てるが、常に電話かメールでのやり取りとなる。女癖の悪い会長は妻との仲が険悪で、妻は会長の居所を探ろうと頻繁に秘書室に電話してくるが、繋ぐことの出来ない秘書室の面々が不満をぶつけられることになる。。
壁越しの会長、溝のある2人の同僚に加え、トイレで挨拶しても無視したり、給湯室で一言もなく汚れ物を洗わせるなどジェーンを軽く遇う社員たち。会社(関係者)の面々がジェーンの精神を逆撫でするひりひりする描写が蜿々と続く。ジェーンがいる部屋の暗さ、エレベーターや給湯室の狭さ、あるいは大量の印刷物や届けられた手紙や荷物なども、ジェーンが追い詰められていく状況を説明する。
大手映画会社に就職したことを喜ぶ両親に窮状を訴えることもできず、問題無いと振る舞うジェーンの姿が痛々しい。
子供を秘書室で預かることになり、羊など動物の真似をして騒ぐ少女(Sophie Knapp)からジェーンも鳴き声を真似るよう求められる。ジェーンが会社の「家畜」となるよう求められている状況が象徴表現である。

(以下では、結末も含め、中盤以降の内容についても言及する。)

ジェーンはアイダホ出身の給仕係シエナ(Kristine Froseth)が秘書室に採用され、なおかつ彼女のためにホテルの部屋を押えてある状況などに疑問を持ち、労務担当者ウィルコック(Matthew Macfadyen)に相談する。ウィルコックは何でも相談して欲しいと言いながら、会長=会社を守るためにジェーンの訴え(会長によるシエナに対する性的搾取)に状況証拠しかないことや、待遇が異なるシエナに対する嫉妬、さらには給仕係には判断力が無いとの偏見までを指摘して、訴えを却下する。なおかつ、会長の好みではないから安心しろと言ってジェーンの傷口に塩を塗る。
ウィルコックが清掃なら清掃スタッフがいるだろうとジェーンが会長室の清掃を訝しむ件で、冒頭で何故ゴム手袋を付けて清掃していたかがはっきりした(役員たちが会長室のソファに坐りたくないと言った理由も。会社の傍の店から灯りの点いた会長室を見上げる後のシーンもダメ押し)。
映画のラストシーンでは、ジェーンは1人夜道を歩いて行く。闇は、ジェーンが孤軍奮闘する制作会社を象徴する。果たしてジェーンは歩き続けてプロデューサーになることができるのだろうか。鑑賞者はジェーンと同じくどんよりした気持ちのまま帰宅することになる。