可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ショーイング・アップ』

映画『ショーイング・アップ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
108分。
監督・編集は、ケリー・ライカート(Kelly Reichardt)。
脚本は、ジョン・レイモンド(Jon Raymond)とケリー・ライカート(Kelly Reichardt)。
撮影は、クリストファー・ブロベルト(Christopher Blauvelt)。
美術は、アンソニー・ガスパーロ(Anthony Gasparro)。
衣装は、エイプリル・ネイピア(April Napier)。
音楽は、イーサン・ローズ(Ethan Rose)。
原題は、"Showing Up"。

 

オレゴン州ポートランド。1階ガレージのアトリエでリジー(Michelle Williams)が机に向かい陶土で人物像を制作している。机が向かう壁はエスキースである様々なポーズの人物の絵が埋め尽くす。リジー背後にある台の上には窯入れを待つ作品が並ぶ。半開きのシャッターからは地面を啄む鳩の姿が見える。リジーが父のビル(Judd Hirsch)に電話しながら2階の居間に上がる。父さん、個展は月曜からよ。明日から1週間後。カレンダーに印を付けておいて。招待状を受け取ってないと思うがな。DMの類と一緒にしてどっかにやっちゃったか。大量のDMが届くからな。手描きの文字を見たいことがあるか? 本当に誰かが書いたみたいに見えるんだ。この電話が招待状代わりなの。招待状を送る時間が無かったから。皆で揃って行くよ。お客さんがふらっとやって来たからな。遠出したいだろうから。またあの連中が来てるわけ? ここを気に入っとるからな。立ち寄るのに都合がいいんだろう。他に行く場所なんてないんじゃないの? 一緒にいて楽しいぞ。利用されてるだけじゃないの? そんなことあるわけがなかろう。今週立ち寄って地下室に監禁されてないか確かめるわ。これほど愉快なことはないぞ。まあ犬はいなくて構わんがな。ちゃんと躾がされてなくてな、ソファの角を木だと思っとるようだ。それはないね。ベランダに出ると、ピックアップトラックからジョー(Hong Chau)がタイヤを降ろしていた。
ジョーは肩にロープを掛け、タイヤを転がして裏庭に入って行く。ロープに輪っかを作り、木の枝に引っ掛ける。部屋を出てきたリジーがジョーの様子を窺う。ジョーがリジーに気付く。リジー、見てて。ずっとこの木にふさわしいタイヤを見付けたいって思ってたんだ。給湯の状況が悪化してるの。生ぬるくしかならないし、それもほんの数分だけ、すぐ水になっちゃうの。深刻そうね。何とかする。まずは今週を乗り切らないと。こんなことしてる暇はないの。やらなきゃならないことが山積みだから。私もよ。でもお湯がないと困るの。リジー、言ったでしょ、私のシャワーを使って構わないって。自分のシャワーを使いたい。個展が金曜から始まるの。その後で対処する。私だって個展があるの知ってるでしょ。忙しいのはあなただけじゃないわ。分かってるけど、私は2つの個展が重なってるの。ジョーは枝から吊り下げたタイヤに坐ると、後ろから押すようリジーに頼む。だがリジーは既にその場を立ち去っていた。
部屋に戻ったリジーを猫のリッキーが出迎える。お腹減ってる? お預けよ。カリカリを切らしてる。制作しなきゃならないの。後で買い出しに行くから。リジーが階下のアトリエに向かう。リッキーが立て続けに鳴声を挙げる。黙んなさい。私に制作させないつもり? リジーはやむを得ず先にカリカリを買いに行くことにする。
若者3人組が通りを滑り抜ける。リジーは道端にしゃがみ込み、落ちていた廃品でめぼしい物をバッグに入れる。
帰宅したリジーはリッキーにカリカリを与える。
アトリエに入ったリジーは拾ってきた箱に陶彫を置いてみる。リジーは廃品の箱を作品の台座にしようとしていた。

 

オレゴン州ポートランド。リジー(Michelle Williams)は陶彫家。普段はオレゴン芸術工芸大学の事務局で母ジーン(Maryann Plunkett)の下スタッフとして働いている。8日後に迫った個展に向け、リジーの制作は大詰めを迎える。給湯器が壊れているのを家主で気鋭の彫刻家ジョー(Hong Chau)に訴えるが、裏庭にタイヤのブランコを設置しながらも2つの個展を抱えて忙しいと対処してもらえない。ある晩、浴室の物音でリジーは目を覚ます。飼い猫のリッキーが鳩を襲っていた。傷ついた鳩をリジーは外へ放り出す。翌朝、リジーはジョーから猫に襲われた鳩がいたと介抱を手伝わされ、なおかつ忙しいから預かるようにと押し付けられてしまう。アトリエで作業していると鳩の様子がおかしい。ジョーに連絡が付かないためリジーは動物病院に連れて行く。獣医(Bahni Turpin)はストレスだろうと湯たんぽで温めろと指示される。ジーンと別れた元陶芸家の父ビル(Judd Hirsch)の下を個展の案内がてら訪ねる。兄ショーン(John Magaro)と連絡を取ってないと知ったリジーは兄の家に向かう。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

陶彫家リジーの個展初日までの8日間を描く。
飼い猫リッキーに襲われて飛べなくなった鳩を追い出すが、家主で気鋭の彫刻家であるジョーに発見され、鳩の世話を押し付けられたリジー。獣医に連れて行ったり、獣医の指示通り世話しているうち鳩に愛着が湧いてくる。
壊れた給湯器。翼の折れた鳩の世話。次々降りかかる問題や日常の些事によって制作に集中できない。窯に入れたらどうなるか分からない陶芸作品のように、完全なコントロールは決して不可能なのだ。それでも鳩に対するように前向きに対処できるようになると、ままならない日常も輝く。鳩はリジーらに上を向いて歩くことを教えるだろう。
兄ショーンはテレビが映らないのは隣人が妨害しているせいだと言う。たまたま居合わせた友人のクレイグ(Theo Taplitz)によればビルは園芸の仕事にも出ていないらしい。兄を心配したリジーは母ジーンに報告するが、ショーンは天才肌だからと取り合わない。兄の評価も紙一重だ。見方を変えれば精神を患う人物ではなく、独創的な人物となる。
芸術大学で制作に打ち込む学生たちの姿が挿入され、コツコツと制作する――あるいは制作できる環境にある――ことの尊さが伝えられる。