可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ザ・タワー』

映画『ザ・タワー』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のフランス映画。
89分。
監督・脚本は、ギョーム・ニクルー。
撮影は、クリストフ・オフェンシュタイン(Christophe Offenstein)。
装飾は、オリヴィエ・ラドット(Olivier Radot)。
衣装は、アナイス・ロマンド(Anaïs Romand)。
編集は、ギィ・ルコルン(Guy Lecorne)。
音楽は、ティム・ヘッカー(Tim Hecker)。
原題は、"La tour"。

 

アパルトマンの1室の窓辺に立つアシタン(Angèle Mac)が緑地の中に立ち並ぶ高層アパルトマンを眺めている。
5時20分。キッチンのテーブルで飲み物を飲んだアシタンの母親が上着を着てバッグを手に取り部屋を出る。エレベーターで1階に降り、正面玄関へ。
ベッドで寝ていたアシタンが弟ドゥマ(Kylian Larmonie)に呼ばれる。ドゥマはドアの前に立ち姉を待っていた。アシタンが覗き穴から外を確認する。何かあるの? 何も。弟にも覗き穴を覗かせる。弟が叫ぶ。誰かいた! いないでしょ。何者も恐れないライオンじゃなかったの。怖がる弟に代わってアシタンがドアを開けて外を確認する。通路には誰の姿もない。アシタンはドゥーマを寝かせようとするが、ドゥーマは部屋で窓を見詰めている。窓の外は真っ暗闇で何も見えない。別の部屋の窓も同じで外は闇だった。アシタンはスマートフォンを手にして母親に連絡を取ろうとするが、電波が届いていない。テレビのスイッチを入れても何も映らない。ここにいて。何処にも行かないで。誰も入れたら駄目よ、アシタンが部屋を出て行く。
オドレー(Marie Rémond)は何も身に付けないままベッドに横になっている。服を着たイングリッド(Judith Williquet)が靴を履く。今夜また来る? 無理。また会える? 電話して。2人が口付けを交わす。じゃあね。イングリッドが出て行く。
アシタンが通路で出会したイングリッドに電話が通じるか尋ねる。電波は届いていなかった。アシタンはイングリッドとともにエレヴェーターに乗り、1階の正面玄関に向かう。玄関ホールにいたマテオ(Modeste Nzapassara)がアシタンとイングリッドに出ない方がいいと注意する。何で? 見ろ、ドアがなくなってる。3人の前には完全な闇が拡がっていた。
慌てて部屋に戻ったアシタンはドゥマを呼ぶ。返事がない。不安に駆られたアシタンはベッドで眠る弟を見付けて、安堵の涙を流す。
アシタンはドゥマとともにアメド(Hatik)の部屋へ向かう。何だよこんな時間に。アメドがドアを開けるとアシタンとドゥマはずかずかと部屋に入る。何してんだ? アシタンがカーテンを開き窓を開ける。真っ暗闇にアメドが驚く。近付かないで。アシタンが近くにあった空き缶を窓の外に投げ込むと吸い込まれるように消える。缶はどうなったんだ? 電話は繋がらないし、テレビは映らない。アメドが近くのディスプレイを窓に放り込むと音もなく闇に呑み込まれる。シャキブ(Ahmed Abdel Laoui)のところに行く。ここにいてもいい?
アメドがシャキブに部屋に通してもらう。まだ6時だぞ。親は寝てる。アメドが窓を示す。何が見える? 街だろ。アメドが窓を開けると闇が拡がっていた。どうなってんだ?
スマートフォンのアラームでジョルダン(Coline Beal)が起きる。隣で眠るお腹の大きいメラニー(Coline Beal)の体に手を伸ばす。仕事に行かなくていいの? 景気づけにさ。急いでよ。すぐ終るから。ジョルダンメラニーに覆い被さり挿入を開始した所でドアをノックされた。やむを得ずジョルダンが応対に出ると、マテオがいた。どうしたんだ? 守衛が呑み込まれた。

 

都心の高層アパルトマンが林立する街区。1棟のアパルトマンに暮らすアシタン(Angèle Mac)が早朝に弟ドゥマ(Kylian Larmonie)に起こされる。弟は誰かがいるとドアの前で怯えていた。アシタンはドアを開けて通路を確認するが誰の姿もなかった。ドゥマが窓の外に闇が拡がっているのに気づき呆然と立ち尽くす。アシタンが母親と連絡を取ろうとするがスマートフォンの電波は届いておらず、テレビを点けても何も映らない。玄関ホールに向かうと、マテオ(Modeste Nzapassara)から出ない方がいいと注意される。ドアが失われ、その先は闇が拡がっていた。慌てて部屋に戻ったアシタンはデュマの無事を確認すると、弟とアメド(Hatik)の部屋に向かう。窓外の闇を知らされたアメドは2人を残して出て行く。アメドの恋人シャキラ(Lina Camelia Lumbroso)が起きてきて2人を不審がる。アメドは仲間のシャキブ(Ahmed Abdel Laoui)に声をかけ玄関ホールに向かう。恐慌を来した大勢の住民がいて、取っ組み合いの喧嘩をしていた2人が入口から外へ倒れ込むと闇に呑み込まれ、切断された足だけがが残った。驚愕したアメドとシャキブがドリス(Kevin Bago)を探すと、ドリスは地下にある封印されたドアをこじ開けようとしていた。オドレー(Marie Rémond)との情事を終えたイングリッド(Judith Williquet)は闇に包まれたアパルトマンから出ることができずオドレーの部屋にとんぼ返りした。そこにジョルダン(Coline Beal)がやって来る。看護師のオドレーに妊娠したメラニー(Coline Beal)を診て欲しいと訴えた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ある朝アパルトマンの周囲が、全てを呑み込む闇に包まれてしまう。住人たちは水や食料、医薬品の確保に躍起になり、大小の互助会を形成する。人種差別主義者のブルーノ(Jean-Baptiste Seckler)が白人の勢力を糾合する一方、アメドがアラブ系を、グレゴリー(Laurent Poignot)がアフリカ系を率いる。
アパルトマンの建物だけが闇から守られているという設定は、難破船が絶海孤島に漂着した状況に等しい。ホッブズ的な自然状態における人々の行動がテーマである。母子家庭で、かつ母親を失ったアシタンは弟ドゥマにライオンのような強さを持って欲しいと願う。アシタンは自らライオンとなることで弟に示しをつけることになるだろう。但し、アシタンの言うライオンの強さとは、万人の万人に対する戦いにおいて勝利することではない(アシタンはある物語を語るが、その物語が既存のものなのかアシタンの創作なのかは分からない)。「人種」という人為的区分の無効と自然状態における真の強さとを訴えるのが本作の狙いである。
大規模な災害の中で奇跡的に倒壊を免れたソウルの高層アパルトマンを舞台にした映画『コンクリートユートピア(콘크리트 유토피아)』(2023)では、アパルトマンの自治会長が強大な権力を手にし、その権力に溺れる。『ザ・タワー』が「人種」間の対立を描くのに対し描くのに対し、『コンクリートユートピア』は南北対立を背景に、同じ民族同士で争い、なおかつ裏切り者の存在に疑心暗鬼となる姿が表現される。
映画『ハイ・ライズ(High-Rise)』(2015)は高層アパルトマンを格差社会のアナロジーとして、その行き着く先を描く。