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芸術鑑賞の備忘録

映画『ニューヨーク 最高の訳あり物件』

映画『ニューヨーク 最高の訳あり物件』を鑑賞しての備忘録
2017年のドイツ映画。
監督は、マルガレーテ・フォン・トロッタ(Margarethe von Trotta)。
脚本は、パメラ・カッツ(Pamela Katz)。
原題は、"Forget About Nick"。

雪が残るニューヨーク。ファッション・モデルとして成功したノルウェー出身のジェイド(Ingrid Bolsø Berdal)は、夫のニック(Haluk Bilginer)からの出資も得てファッション・デザイナーとして新たなスタートを切ろうとしている。ある晩、仕事を終えてマンハッタンのペントハウスに帰宅すると、電話に夫からの別れを告げるメッセージが残されていた。激昂したジェイドは、浮気相手が売り出し中のモデル・キャロライン(Paula Romy)であることを突き止める。ブランドを切り盛りするウィット(Fredrik Wagner)の制止を振り切り、ニックの仕事場に押しかけたジェイドが、ニックに何を求めているのか詰問すると、キャロラインから一言「愛」と言い返されるのだった。打ちのめされたジェイドはブランドの重要な会議も忘れ、キャンセルする始末。そんな彼女が自宅に戻ると、人の気配がある。ニックが戻ってきたと喜んだのも束の間、現れたのはニックの前妻マリア(Katja Riemann)だった。マリアはニックとの間にアントニア(Tinka Fürst)を設けたが10年前に離婚、ベルリンで生活し、最近になって20世紀文学の研究により博士号を取得していた。そのマリアがジェイクからペントハウスの持分を譲り受けたと言うのだ。マリアは冷蔵庫や棚にいっぱいだった不健康そうな「健康食品」を片付けて果物や野菜に入れ替え、壁にかかった巨大な絵画をジェイドの部屋へ運び込み、ニックの部屋を自分の部屋に変えていた。ニックに捨てられた上、前妻に自宅に押しかけられたジェイドは怒り心頭に発する。だが、かつて生活していた部屋に思い入れのあるマリアは、ジェイドをいなしながら得意の料理で胃袋を掴む。二人は奇妙な共同生活を送る羽目になるのだった。

 

キャロラインにニックを奪われて動顚するジェイドは、そもそも自らがマリアからニックを奪ったという事実が後景に退いている。それに対して、マリアは、ジェイドに夫を奪われたからこそ、ジェイドの苦悩を理解できる。アントニアには息子パウル(Vico Magno)がいる一方、科学者としてのキャリアを持ち、「専業主婦」マリアと「キャリア・ウーマン」ジェイドとの理解可能性を有するが、父ニックをジェイドに奪われたという過去は消せない。他方、「ドン・ファン」ニックは男性としての自信を失いつつある。

ある色の名前を「ナス(茄子/eggplant)」という野菜の名ではなく「オバジーン」だと表現したがるジェイドに対し、スタッフのルーシー(Lucie Pohl)がオバジーンもフランス語では茄子(aubergine)の意味だと指摘する。「言い換え」ても現実は変わらない。夫が若い女に走ることを筆頭に、女性が加齢に直面させられる現実が随所で表現されていく。

博士号を持ちながら、キャリアを有しないマリアが就職することができない。とりわけ、ある学校で、校長(Megan Gay)から子育てを優先した結果自立し損なったとなじられるシーンが象徴的。そして、現金収入がなくアパートメントの管理費を捻出できないマリアに対して。ジェイドは、家事や子守をするばかりで働く気が無いと糾弾してしまう。現金収入を生まない家事や子守は仕事とはみなされないことの不当性は、この作品のメッセージの1つだ。