映画『神は銃弾』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
156分。
監督・脚本は、ニック・カサベテス(Nick Cassavetes)。
原作は、ボストン・テラン(Boston Teran)の小説『神は銃弾(God Is a Bullet)』。
撮影は、ケンジ・カトリ(Kenji Katori)。
美術は、クラウディオ・コントレラス(Claudio Contreras)ルラ・ヴィアンチーニ(Carla Viancini)。
衣装は、エリカ・デル・トロ(Erika Del Toro)。
編集は、ベラ・エリクソン(Bella Erikson)。
音楽は、アーロン・ジグマン(Aaron Zigman)。
原題は、"God Is a Bullet"。
薬物依存症者の回復支援施設。吐き気を催したケース・ハーディン(Maika Monroe)がトイレに駆け込んだ。12年前、11歳のケース(Elise Guzuowski)がショッピングモールで母親(Erin Guzowski)とわずかに離れた隙に、サイラス(Karl Glusman)率いるカルト集団「左手の小径」に拉致された場面がフラッシュバックした。
保安官事務所。ボブ・ハイタワー(Nikolaj Coster-Waldau)が書類を処理しているところへ保安官巡査のジョン・リー・ベーコン(Paul Johansson)が顔を出す。何してる? 10時だぞ。もう終わるところです。さっさと帰れ。もう少しで終わります。尋ねてるんじゃない、命令だ。クリスマスなんだ、エッグノッグでも飲めよ。メリー・クリスマス! くたばれ。
ギャビ・ハイタワー(Chloe Guy)はクリスマスだというのに母親サラ・ハイタワー(Lindsay Hanzl)と継父サム(Kola Olasiji)の言い争いに辟易していた。リヴィングのドアを閉めて部屋に戻ったところでギャビの電話が鳴る。ホー、ホー、ホー。窓の外を見てご覧。家の前に停まったパトカーの回転灯を実父のボブが光らせた。ギャビも部屋の灯りを点滅させて答える。元気か? うん。今日ショッピングモールで家族連れを見たの。子供が飛行機の遊具に乗っててね、遊び終わると母親が息子に何をしたいか尋ねたの。望むことは何でも叶うって、家族としてね。ああ。馬鹿なこと言っちゃったね。馬鹿なんてことあるものか。母親は? 問題無いわ。代わりにメリークリスマスと伝えておいてくれ。分かった。お休み。お休み。
ギャビは急に静かになったことを不審に思い階下に向かった。リヴィングは暗い。ギャビは背後から男に捕まった。サラは男にレイプされ、サムは銃を突き付けられてリンゴを囓るリーダー格の男の前へ引き摺り出された。サラは抵抗して庭へ逃げ出すが、プールサイドで待機していた女にショットガンで撃たれる。
クリスマスの礼拝に1人参加していたボブが、教会の前でサンタの紛争で子供たちの相手をしていた義父アーサー(David Thornton)に声をかける。ギャビを見てないか? ここで会う予定だったんだ。電話も繋がらない。家には? 応答がない。一緒に行ってくれないか? 私1人で姿を見せたらサラにどんな反応をされるか。とんだ別れ方をしたもんだ。
ボブとアーサーがパトカーでサラの家へ向かう。ドアをノックしても反応がない。サラ、ギャビ、お祖父さんだ! ドアは開いていた。不審に思ったボブはアーサーに留まるように伝え、銃を構えてギャビやサラの名を呼びながら室内に入った。リヴィングには血だらけのサムが両手を縛られて吊され、腹には突き刺したナイフでタロットカードの「審判」が留めてあった。ボブ! アーサーの叫び声が聞こえた。ボブが声のする方へ駆け付けると、プールの中でアーサーがサラの血だらけの遺体を抱えていた。
雨がしとしとと降る中、サラの葬儀が執り行われた。…神は我々の羊飼いであり、正義の道に導く。神はともにおられるから悪を恐れることはない…。神父の言葉をボブは噛み締める。
ケースが施設の暗い寝室でたった一人毛布を被り、新聞を眺めている。カルト集団による殺人・誘拐事件の記事。何しているの? 職員のアン(David Thornton)がケースを心配してやって来た。考えてる。何を読んでるの? ああ、その事件か。真っ暗な中で一人坐ってるのは何故? 暗闇の方が呼吸が楽だから。なぜかは分かんないけど。ただそう思う。まだ幼い娘ね。幼い。生きてると思う? あり得る。だけど、生きてるなら、羊どもには想像できないほど酷い目に遭ってる。下に降りない? クッキーが食べ切れないほどあるわ。…警察に連絡してみようかって考えてる。
ケースが煙草を吸いながら雨の降り仕切る通りを窓から見下ろしていると、1台のパトカーがやって来た。
ボブは薬物依存の女性からギャビに関する情報提供の申し出を受けた。ジョンに相談すると、暴行、売春、ヘロインの密売に手を染めていて信用できないと却下された。情報を持っていると言っていると返すと、出頭させるよう求められた。だが彼女は出頭を拒否していた。6週間経って何の進展がなくボブは痺れを切らしていた。ボブが食い下がると、ジョンはベテラン捜査官ではなくデスクワーカーじゃないかと蔑まれる。ボブは事実と認めざるを得なかった。
迷いはあったがボブはギャビの姿を思い浮かべると、雨の降る中、情報提供者のいる施設へ向かった。玄関を抜けると、暗い通路に女が立っていた。ケース・ハーディンか? ボブ・ハイタワーだ。
保安官代理のボブ・ハイタワー(Nikolaj Coster-Waldau)はクリスマスに娘ギャビ・ハイタワー(Chloe Guy)と教会で会う約束を交わしていたが姿を見せなかった。義父アーサー(David Thornton)とともに元妻サラ・ハイタワー(Lindsay Hanzl)とサラの再婚相手サム(Kola Olasiji)の家へ向かうと、サラとサムとは惨殺され、ギャビは拉致されていた。吊られたサムの遺体は目や口が縫われ、腹にタロットカードが打ち付けられていたため、カルト集団による犯行と目された。事件から6週間経過しても捜査に進展がないことに痺れを切らしたボブは、上司である保安官巡査ジョン・リー・ベーコン(Paul Johansson)の反対にも拘わらず、情報提供を申し出たケース・ハーディン(Maika Monroe)を薬物依存症者回復支援施設に訪ねた。ケースは自らもギャビ同様、薬物や悪魔崇拝とは無縁な環境だったことを打ち明ける。ボブがサムの遺体写真を見せるとケースはフラッシュバックにより話を続けることが不可能に。ギャビのためボブはケースに必死に食い下がるが、諦めざるを得なかった。ところが後日、ボブはケースの訪問を受ける。ケースは自らが脱けたサイラス(Karl Glusman)率いるカルト集団「左手の小径」の犯行で、ギャビの生存可能性があると言った。ボブはギャビを取り戻すためケースの指示に従って行動することにする。ケースはボブを真っ先に彫り師のフェリーマン(Jamie Foxx)のもとへ連れて行った。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
サイラス率いるサタニズム集団「左手の小径」に拉致された14歳の娘ギャビを取り戻すため、ボブは、同じく11歳でサイラスに攫われて12年後に抜け出したケースを頼ることにする。ケースはボブをフェリーマンのもとに連れて行き、タトゥーを彫らせる。「フェリーマン」とは三途の川を越えるための「渡し守」であり、タトゥーは地下世界(地獄)への通行手形なのだ。悪魔とは堕天使であるが、ボブは娘を生還させるために保安官代理の地位を捨て、悪に手を染めることを覚悟したのである。
それでもボブは羊に過ぎない。サイラスの手からギャビを取り戻すには頼りない。ボブが郷に入りて郷に従ううち、ケースはボブを羊ではなくコヨーテになったと認めるようになる。
サイラスは、暴力とドラッグ(「魔法の針」)によってケースを支配した。だが彼らの支配したのは肉体であって、精神では無かった。だからケースは悪魔の下を離れることができた。地獄を味わったケースに言わせれば、神への信仰と悪魔に対する崇拝とは、どちらも行動を正当化するための言い訳に過ぎない。そして、利己主義だけが生き残る鍵だと断言する。
暴力でのし上がったサイラスは、人生において真の平等をもたらすものは苦しみと死だと言う。だがいつしか自分だけは羊たち(普通の人々)とは異なり羊飼いの地位にあると錯覚してしまっていた。否、そう信じ込もうとしていた。サイラスを脅かしたのは、精神を支配されていなかったケースである。
ケースは銃弾を究極の生命体であり、平等をもたらすものだとボブに告げる。サイラスの軛から逃れるために、ケースは平等を実現する銃弾を用いることになる。それはケースにも「死」を与えることになる。
ボブがケースに触発されて羊からコヨーテに変化していったように、ケースもまたボブの影響で変化する。サイラスの支配と愛する母への未練を断ち切ったとき、ケースは生まれ変わる。ケースもボブも互いに銃弾となって相手を撃ち抜いていたのである。