可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 小野愛個展『today(ed)』

展覧会『小野愛「today(ed)」』を鑑賞しての備忘録
BUoYにて、2021年3月21日~4月4日。

小野愛の、ソフトスカルプチャーと映像を中心としたインスタレーション「today(ed)」を展示。

まず現れるのは、中空に吊された、白い布でできた手がいくつも組み合わされて輪となった作品。それぞれの手は、掌を見せたり、甲を見せたりしているが、指は全て左側に向けられ、全体が指先の方向へゆっくりと回転している。回転は、繰り返しである。小石を積み上げていっては崩してしまうす映像作品、あるいは壁に貼られた、日付の部分を刳り貫いて紙の枠組みだけとなったカレンダーと相俟って、没個性的な出来事の反復を表す。また、手を動かすことは生きること、そしてその実感である。床に置かれた、いくつかの石に似たソフトスカルプチャーは、知らず知らず溜まった澱が成す結石のようだ。それらが引き起こす痛みもまた、生きていなければ味わうことのできない感覚である。"today"に"ed"が付された展覧会タイトルは、名詞"talent"に形容詞化語尾"ed"が付いて「才能がある」を示すように、「今日がある」手触りを伝えるものだろう。白い手の成す輪が地球の自転とは逆向きに回転するのは、今、この瞬間が常に過去へと織り込まれていくことも示唆するだろう。そのとき題名は、"today"を動詞として捉え、過去形に活用したものとなる。
「今日」は、肉眼で見ることのできない新型コロナウィルスの拡散によって、部屋に留まることを余儀なくされたり、他者と手を繫ぐことが困難になったりしている。壁面に掛けられている、傷つけられた鏡や、イメージが判然としないポラロイド写真は、先行きが見通せなくなってしまった生活が表現されている。会場は、壁や床が配管や溝や突起が剥き出しで、うち捨てられた廃墟にも見える空間である。その雰囲気を踏まえれば、カレンダーの作品に失われた日常を見たり、手の輪のオブジェや石を積む映像に「賽の河原」を重ねることもできそうだ。だが、展示作品には、そのような暗鬱を寄せ付けない清潔感があり、前向きな印象を受ける。それは作家の持つ優れた特性と言えよう。会場の一番奥の映像には、白い衣装や調度で統一された空間が描かれる。カーテンに閉ざされた室内で、あるいは周囲と隔絶した屋上で、ヨガのようにゆっくりとした動作で踊る女性は、泰然自若に構える作家の、永続する世界に対する希望が示されている。