可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『さかなのこ』

映画『さかなのこ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
139分。
監督は、沖田修一
原作は、さかなクンの自叙伝『さかなクンの一魚一会~まいにち夢中な人生!~』。
脚本は、沖田修一と前田司郎。
撮影は、佐々木靖之。
美術は、安宅紀史。
衣装は、纐纈春樹。
編集は、山崎梓。
音楽は、パスカルズ

 

暗い部屋の中、2匹のハコフグが泳ぐ水槽がぼんやり明るい。広いベッドで寝ていたミー坊(のん)が目を覚まし、時計を確認する。4時35分。ミー坊はベッドから起き上がると窓を開ける。まだ薄暗い外から風が吹き込む。ハコフグの水槽に向かい、1匹ずつピンセットで給餌する。歯ブラシでハコフグの吻を磨き、自らも洗面台で歯ブラシを使う。クローゼットを開くと、ハコフグの帽子が並び、魚の柄の白いシャツが多数掛っている。青いウエットスーツを身に付けたミー坊は、いってきますと言って誰もいない家を出る。坂道を下って海へと向かう。
ミー坊はテレビ番組の撮影スタッフとともに漁船に乗り込んでいる。カメラに向かい、千葉県館山市で魚の生態を調査をすると元気良く説明する。イサキ、ブリなど漁船が引き揚げた魚を興奮して紹介するミー坊。船の周囲をうろつく大きな魚影に気が付いたミー坊は撮影を忘れ、船縁に移動して夢中で海を覗き込んでいると、海中に転落してしまう。
水族館。水槽のガラスに張り付いている大きなタコの姿に小学生のミー坊(西村瑞季)が目を奪われている。蛍の光とともに閉館のアナウンスが流れ、来館者たちが次々と出て行く中、ミー坊はタコの水槽の前に張り付いたままだ。母ミチコ(井川遥)が隣にやって来る。タコってよく見ると結構可愛いのね。今、吸盤でガラスに張り付いてる。踊ってるみたいね。ミチコは袋を取り出し、黄色い背表紙の『魚貝の図鑑』をミー坊に手渡す。頁を捲ると、魚の種類の豊富さに驚く。また来ようと言ってミチコがミー坊に帰宅を促す。ミー坊の兄スミオ(田野井健)はルービックキューブを手にベンチで寝てしまっていた。
ミチコがモノで溢れる子ども部屋に掃除機をかけていると、よく観察して描かれたタコのスケッチを見つける。ミチコは絵を額に入れて壁に飾る。
夕食を家族4人で囲んでいる。タコの刺身が並べられる。タコさん可愛いとミー坊は興奮するが、スミオは死んでんじゃねえかと素っ気ない。タコの刺身を食べると、ミー坊は自分の作成したリストから「タコの刺身」を消去する。あといくつ? 8つ。3日間あればできるかな。ミチコは理解を示すが、父親のジロウ(三宅弘城)は渋い顔。
小学校の教室。他の生徒が遊んだりおしゃべりしているなか、ミー坊は1人タコの絵を無心に描いている。モモコ(増田美桜)が今週のミー坊新聞を作っているのと声をかける。タコさんだと説明するミー坊に、モモコは「さん」付けはおかしいと言う。本物のタコ見たことないでしょ? あるよ。どこで。海で。どこの海。千葉の海。千葉のどこ。海は1つだよ。モモコと話していると、ヒヨ(中須翔真)がモモコのこと好きなのかとミー坊を揶揄う。ミー坊が好きだよと即答すると、仲間とともにエロス、エロスと囃し立てる。ミー坊も一緒になってエロス、エロスと楽しそう。
ミー坊がヒヨと下校する。何で俺のこと呼び捨てなのに、タコは「さん」付けなんだよ。ミー坊は相手にせず、今度連れて行ってもらう海について話し出す。2人の行方に姿を表したのはギョギョおじさん(さかなクン)。魚の図鑑を手にしているミー坊にギョギョおじさんは興味津々。魚が好きなのかと尋ねられるが、ヒヨがおじさんの被っている黄色いハコフグの帽子を褒めると、ミー坊を連れて一目散に逃げ出す。お魚の話、しようよ! 逃げ去る2人にギョギョおじさんは大声で呼びかける。ギョギョおじさんをから逃げ切った2人。ギョギョおじさんに遭遇したら、帽子を褒めてから逃げたすんだ、さもないと解剖されて魚に改造されちゃう。ヒヨはミー坊に教える。
砂浜のパラソルの下、ヒヨとモモコがおしゃべりしている。2人はミー坊の一家と一緒に海に遊びに来ていた。海に入らないのか尋ねるモモコに、ヒヨはガキじゃないからと返す。スミオとともに海の中に入っていたミー坊は、突然沖合へ向かって潜る。姿を現わしたミー坊の身体は大きなタコに覆われていた。ヒヨとモモコも思わず駆け寄る。スミオも得意気だ。ミー坊はミチコのところに行ってタコを飼ってもいいか尋ねる。飼えるわけないだろとスミオが突っ込む。ところがミチコの返答は違った。いいわよ、でもちゃんと自分で飼うことできる? そこへジロウがやって来て立派なタコだと褒めるとミー坊からタコを引き剥がす。タコの目のあたりに指を突っ込んでひっくり返すと内臓を取り出して捨て、タコはこうしないとうまくならないんだと、タコが縮まないように地面に烈しく叩き付ける。ミー坊もミチコも啞然としてジロウを眺める他ない。ジロウは捌いたタコを串に刺して焚き火で炙り、どうだ美味しいかと、皆に得意気に振る舞うのだった。
雨の中、黄色い傘を差した柔道着姿のミー坊が1人家に向かっている。行く手には傘を差したギョギョおじさんの姿があった。やっぱりこの間のお魚好きの小学生ですね! ミー坊がハコフグの帽子を褒めると、ギョギョおじさんはハコフグが分かるのかと狂喜する。水族館とか、特別に魚屋さんでも見たとミー坊が話すと、ハコフグを食べたんですか、美味しいんですよとギョギョおじさんは興奮の度を増し、雨の中スケッチブックを手に説明を始める。
家族で囲む夕食。ミー坊はギョギョおじさんの話を熱心に語る。ミー坊より魚に詳しい人なんているのね。ミチコは感心する。ギョギョおじさんの家に行っていい? ミー坊の質問に両親は固まる。ジロウはそんな知らない人の家に行ってはいけないと認めない。何されるか分からない、いたずらでもされたらどうするんだ。だがミチコは暗くなる前に帰るならいいと言う。夜、両親が話し合っているのが子ども部屋にいるミー坊に漏れ聞こえてくる。子どもの言うことばかり聞いていたら駄目だとジロウが訴えている。ミー坊は廊下に出て耳を欹てる。どう考えても普通じゃないだろう。小学生が魚のことばっかりなんて。いけないことですか? 俺はただ心配なんだ。周りの子たちと違うだろ。あの子はこのままでいいんです。
教室にいたミー坊が担任の先生に呼ばれる。職員室では釣り好きの3人の教師がミー坊の作っている新聞を手に、魚の記事に感心しきりだった。みんなにも読んでもらおうとの担任の先生の提案で、ミー坊の手書きの新聞は廊下に貼り出されることになった。生徒たちが集まって熱心に眺めている。
ミー坊はギョギョおじさんの家に向かう。ハコフグのデザインの家の中には沢山の水槽が並び、2人は熱心に魚を観察し、スケッチし、語り合った。年齢を超えて同好の士としてお互いを認め合った2人で過ごす時間は瞬く間に過ぎていくが、そのことに気が付かない。誰も訪ねて来る人の無いハコフグハウスのドアをノックする音が聞こえたときには、時計が夜の9時を回っていた。ドアを開けると、そこには2人の警察官の姿があった。

 

小学生のミー坊(西村瑞季)は母ミチコ(井川遥)に連れられて行った水族館と、そこでプレゼントされた『魚貝の図鑑』をきっかけに魚に夢中になる。周りの子たちの反応を気にすることなく魚について調べ、絵を描き、新聞にまとめる。父ジロウ(三宅弘城)は魚に囚われた、他の子と違うミー坊の行く末を案じるが、母ミチコはこのままでいいとミー坊の好きに任せる。ギョギョおじさん(さかなクン)に遭遇すると子どもたちは変質者だと逃げ出すが、ミー坊は同好の士として興味を持つ。ある日、ミー坊は、暗くなる前の帰宅を条件に、ギョギョおじさんを訪ねる許可をミチコからもらう。孤独な変わり者の2人は魚に囲まれて夢のような時間を過ごす。ところがミー坊が遅くなっても帰らなかったために、警察沙汰になってしまう。警察官に連れ去られるギョギョおじさん。ミー坊はギョギョおじさんとの接触を断たれることになってしまったが、ハコフグ精神は確かに継承されていた。高校生になってもミー坊(のん)は変わらず魚のことだけを考えている。釣った魚を観察して描き、調理して食べ、あるいは水槽で飼う。学校に掲示したミー坊新聞に総長(磯村勇斗)のバイクを取り上げたことをきっかけに不良たちに目を付けられるが、ジャーナリズムが暴力に屈してはならないとのミチコの教えを信奉するミー坊は意に介さない。ミー坊は総長から呼び出しを受けてしまう。

魚のことばかり考えて不器用な生き方しかできないミー坊を通じて、普通ではない生き方を描き、普通とは何なのか、(仮に普通があるとして)普通に生きなければならないのかといった問いを投げ掛ける。
冒頭、ミチコが、散らかった部屋に無造作に置かれていたミー坊のタコのスケッチを額装する場面を描くことで、見過ごされたかもしれない才能を見出して褒めて伸ばすことに成功した母の功績を表現してしまうのが秀逸。
ギョギョおじさんからミー坊へ、そしてミー坊から(モモコ(夏帆)の娘)ミツコへ。映画『ベイビーブローカー』(2022)などが描く血縁で無い家族(継承)のあり方も物語の柱の1つとなっている。
小学校の同級生や、高校の不良たちを始め、皆、良い味を出している。ワンダーがあるよ、ワンダーが。
夏帆のやさぐれた女性に痺れる類は映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(2019)も必見。
アオリイカにはアニサキスはいない。