可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史』

展覧会『インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史』を鑑賞しての備忘録
埼玉県立近代美術館にて、2019年2月2日~3月24日。

未来社会の提案あるいは既存制度の批評として構想された建築や、社会条件によって実施できなかった建築など、あえて「アンビルト」の建築に焦点を当て、建築の可能性を探る企画。

特に章立てはなく、おおよそプロジェクトや構想の時代順に、作家ごとにまとめて展示されている。

 

展示室に入ると、まず、ウラジミール・タトリンの《第3インターナショナル記念塔》の模型が目に入る。高さ400メートルの鉄製の二重螺旋の内部に、下から立方体(あるいは円筒形)の会議場(1年で1回転)、三角錐の行政官庁(1月に1回転)、円柱の情報センター(1日に1回転)などが入居する構想だった。模型やその図版により世界に知られ、20世紀を体表する建築(彫刻)となった。左手の壁面には、長倉威彦がCG映像により再現した記念塔投影されているが、都市に聳える亡霊のようにも見える。

タトリンの向かいには、カジミール・マレーヴィチのシュプレマティズム(単純な幾何形態による絵画)の素描と、そこから発展した建築模型が展示されている。

続いて、構造よりも芸術性を建築に求めた「分離派建築会」の瀧澤眞弓(《山の家》)や山口文象(《丘上記念塔》)が、それぞれ模型とともに紹介されている。

ブルーノ・タウトについては、『アルプス建築』という書籍の紹介(スライドショーも)から始まる。アルプスの山々に寄り添う輝く都市の構想が絵画で表現されている。人物こそ描き込まれていないが、ヘンリー・ダーガーの描く少女達が描き込まれても違和感のないような世界が拡がっている。敗戦国ドイツでは建築の仕事が期待できず、また芸術家サークルに参加するなど芸術への関心が強かったことから生まれた作品と考えられるという。来日したタウトは、生駒鉄道ケーブルカー終着駅にある山頂の遊園施設に、ホテルと住宅団地を追加整備する設計を依頼されていた。「山頂の建築は二つの観点において適切でなければならない。第一に遠くからの眺めがその山の自然な特性を強調しなければならない。第二に、山の上での生活を気持ちの良いものにしなければならない。」とタウトは設計趣意に記し、遠望図や鳥瞰図などを描いている。タウトに続いて、"Less is more."で知られるルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの《ベルリン、フリードリヒ通り駅の摩天楼のコンペ案》が紹介されているが、従来ヨーロッパに存在しなかったガラス張りの高層建築の着想源の一つはブルーノ・タウトの《天上の館》であるらしい。

タウトの向かい側、ミースの隣では、ヤーコフ・チェルニホフの書籍《建築ファンタジー 101のカラー・コンポジション、101の建築小図』が紹介されている。カラーで表現されたスタイリッシュな高層ビル群や工場施設はSFのイメージを湛えつつ懐かしさも感じさせる。時折カンディンスキーの絵画のような建物の配置図などを挟みつつテンポ良く切り替わるスライドショーで、チェルニホフの世界を堪能できる。

神秘主義山田耕筰の影響を受けた川喜田煉七郎の《霊楽堂》と《ウクライナ劇場国際設計競技応募案》に続き、前川國男の《東京帝室博物館建築設計図案懸賞応募案》が紹介される。新帝室博物館のコンペでは、鉄筋コンクリート造を前提にしつつ「日本趣味ヲ基調トスル東洋式トスルコト」など設計条件には問題が多かった。前川國男は敢えて条件を無視し、ル・コルビュジエなどから学んだスタイルで挑んだ。当選案(現在の東京国立博物館本館)と、前川の提案(模型が分かりやすい)を比べると、そのスタイルの違いは歴然としている。そして、今、上野公園には、前川の絡んだ建築(国立西洋美術館東京文化会館東京都美術館国立西洋美術館新館)が並ぶ。前川が官軍にな
ったのだった。
前川と同じ空間で、ジュゼッペ・テラーニの《ダンテウム》、岡本太郎の《おばけ東京》も紹介されている。

続いて、菊竹清訓黒川紀章とが紹介される。菊竹の《海上都市1963》など一連の海上都市構想の背景には、大地主であった菊竹家が農地改革で土地を失ったことがトラウマとなり、海上への亡命を企図していたという。また、黒川の、人工地盤を地上4メートルに造成し、協同所有地とする《農村都市計画》は、伊勢湾台風の結果泥の海と化した農村に道路だけが見えた経験から、インフラは人の職住を確保するためにも存在するべきだと考えたのが発端となったという。

ヨナ・フリードマンは、通信手段やエネルギーの調達に加え、水の管理なども個人の管理可能な時代、「クラウドインフラストラクチャー」の時代が到来すると予言。都市は放棄され、生活需要に応じたキャビンによる可動式住居を提案する。

コンスタンは、ヨハン・ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」に影響を受け、入口も出口もない迷路である《ニュー・バビロン》を提案した。遊戯的精神をもって彷徨することで、人間は根源的な生と想像力とを回復するべきであり、その装置として建築を構想したという。

ハンス・ホラインは、握り拳を突き上げた腕を高層ビルに見立てたドローイング《超高層建築》が印象的。建築の原初の姿や、自然に対する暴力といった問題の呈示であるらしい。"ALLES IST ARCHITECTURE"というスローガンの下、情報や環境をも含めた建築を提案した。

エットレ・ソットサスの建築事務所にはタイガー立石が在籍していた。

セドリック・プライスの《ファン・パレス》は、用途に応じて空間の再編成を可能にする建築を提案。立体トラスの柱と梁によって骨格を形成し、床面は様々な階層に設置可能で、梁から施設全体を中空に吊るすことすらできる。上方には資材運搬のためのクレーンも設置してある。劇場の舞台装置を思わせる建築。

アーキグラムスーパースタジオの展示に続き、磯崎新の《東京都新都庁舎計画》、安藤忠雄の《中之島プロジェクトⅡ》、レム・コールハースの《国立図書館》が紹介される。

ジョン・ヘイダックの《犠牲者たち》というドローイングが目をひく。ナチスゲシュタポ本部があった地区に、67体の多様な構築物を30年かけて配置する構想だという。ヘイダックは、場所の意味や記憶を蘇らせる「仮面劇」というプロジェクトの提案を行っており、《ランカスター/ハノーバーの仮面劇》のためのスケッチなども紹介されている。

荒川修作とマドリン・ギンズの《問われているプロセス/反命反転の橋》の巨大な模型のある展示室では、石上純也藤本壮介の構想も紹介されている。

会田誠山口晃による都庁や日本橋の構想図を挟んで、ザハハディドの新国立競技場の模型と膨大な設計資料、マックスフォスター・ゲージによるデジタル素材の再利用による設計(CGアニメーション)が紹介される。