可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ハウス・ジャック・ビルト』

映画『ハウス・ジャック・ビルト』を鑑賞しての備忘録

監督・脚本は、ラース・フォン・トリアー(Lars von Trier)。

原題は、"The House That Jack Built"。

 

ジャック(Matt Dillon)がヴァージ(Bruno Ganz)に来し方を語る形で物語が進行。5つの章(事件=incident)とエピローグとで構成される。

ジャックは技師で、幼い頃から潔癖症であり、強迫性障害である。湖の傍に購入した地所に、自ら設計した理想の家を独力で建てようとかねて計画している。ゴシック建築が高く明るい空間を達成できたのは建材の選択によるものであったように、ジャックは建築において建材こそ重要と考えている。

ある日、ジャックが赤いバンで林道を走行していると、車がパンクしたうえジャッキ(jack)が破損してしまった女性(Uma Thurman)に助けを求められる。ジャックは8キロ先にソニー(Jack McKenzie)という自動車修理工がいると伝えてその場を離れようとするが、ソニーのところまで連れて行って欲しいと彼女に頼まれる。車中で彼女は、知らない人の車に乗るべきではないと母に教わっていたとか、ジャックは殺人鬼かもしれないとか喋り散らす。ソニーの工場に着くと、ジャックはジャッキが修理できたら連れ戻して欲しいと彼女に頼まれる。ジャックがソニーに乗せてもらえばいいと言うと、彼女は知らない人の車には乗れないと言う。ジャッキが直って彼女の車の場所まで送ったが、すぐにジャッキは折れてしまう。彼女は再度車でソニーのところまで連れて行って欲しいと頼み、車に乗り込む。彼女はジャックに人を殺せるようなタイプではないなどと軽口を叩いていると、ジャックは右手でジャッキをつかみ彼女の頭部に振り下ろして殺害する。ジャックは冷凍ピザの販売事業のため手に入れていた冷凍倉庫に遺体を運び込むと、車内を洗浄する。

ある日、ジャックは、車から物色して、1人の通りがかりの女性(Siobhan Fallon Hogan)にターゲットを定める。彼女が帰宅したのを確認して、警察官を装って訪問する。捜査を理由に家の中に入ろうとするジャックに女性はバッジを見せるよう要求する。ジャックは階級が上がったのを機に職人に磨いてもらっていると苦しい言い訳をすると、女性はバッジがないと入れられないとつっぱねる。ジャックは女性の対応が素晴らしいと褒め、実は保険会社の調査員で上からの指示で警察官を装ったと、またも意味不明な応答を重ねる。だが、ジャックが年金が2倍になるかもしれないと持ちかけると、女性はジャックを家の中へと招いてしまう。ジャックは理不尽にも長時間ドアの外で待たされたと激昂し、女性の首を絞める。ジャックは女性が事切れたと思ったが、しばらくして女性は息を吹き返す。ジャックはドーナツを砕いて入れたカモミールティーを女性の口に含ませると、改めて首を絞め、その後、ナイフを心臓に突き刺してとどめを刺す。床を洗剤を使って綺麗にしてから遺体をビニールで包んで運び出し、車に積み込みいざ出発となったところで、血が拭き取れていないのではないかが気になり出す。室内に戻って再度清掃し車に戻ると、またも血痕が気になる。そのうち、近所にパトカーがやって来る。あわててバンから遺体を降ろし、警察官に対応する。警察官は空き巣被害の件でやって来たという。ジャックは、亡夫のコレクションの件で女性のもとを訪れたのだが不在であるとか、車で待っている間に変な音がしたとか、警察官に対してあれやこれやとまくし立てる。警察官が捜査は自分に任せて関わるなとジャックに言い置いて室内を捜索し始めると、ジャックは車外に放置していた遺体に巻き付けてあったロープをバンの後ろに結びつけて、血痕が残るのも気にせず、冷凍倉庫まで運んでいく。ジャックが通った経路には赤い線がはっきりと残っていたが、折からの豪雨により血痕は全て綺麗に洗い流されるのだった。


予告編は、カンヌ国際映画祭の公式上映での途中退出者続出を宣伝文句にしていた。連続殺人犯が主人公の物語であり、殺害シーンや遺体の処理に関するシーンに気分が悪くなるような描写は確かにある。だが、フィクションに限っても殺人を扱った作品は極めて多いが、気分を害されないような描写ばかりがまかり通っているなら、むしろそちらの方が問題と言えないだろうか。

まさかそんなことはないだろうという判断が、まさかの事態を呼び込む。度を超える要素は笑いやコメディに通じる。逆に、笑いは恐怖となる。事態は反転の可能性を抱えていることが、作中、ゲーテがその下で思索したという木のある場所にナチスによって強制収容所が建設されたことで示される。

時折挿入されるグレン・グールドの演奏風景には狂気しか感じなかった。デヴィッド・ボウイの「フェイム」は、ナイフによって切り刻むような、からっとした狂気をもたらしていた。

タイトルは、マザーグースの"The House That Jack Built"から。次から次へと新しい出来事が起きても、必ず、"the house that Jack built"に帰ってくる。この童謡の構造(一種の円環構造)が、作品の骨格を成している。
アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』でも童謡がモティーフになっているが、童謡と恐怖との連関はあるのだろうか。

ゴシック聖堂。恵みの雨。ダンテの『神曲』。ラース・フォン・トリアーの旧作(『アンチ・クライスト』)。キリスト教(神)へのアプロ―チ。