可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ニューノーマル』

映画『ニューノーマル』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の韓国映画
113分。
監督・脚本は、チョン・ボムシク(정범식)。
撮影は、キム・ヨンミン(김영민)。
音楽は、ユン・サン(윤상)。
原題は、"뉴 노멀"。

 

40代の男が放火、逃げる住民を兇器で襲いました…。脳梗塞の父親に暴行し殺害した罪で20代の男が公判中…。男が猫の後ろ足を摑んで踏みつけて殺害しました…。若者の失業者数が65万人に達し、過去最多に…。アプリで知り合った女性をナイフで殺害し、遺体を損壊した犯人のメモが発見され…。今朝、ソウルと京畿道は季節外れの大雪に見舞われました。6月の降雪は1907年の観測開始以来初めてです。
2日目。
スタイリッシュなマンションの一室。ロボット型クリーナーが床で作動している。ヒョンジョン(최지우)が立ったまま壁に掛けたテレビのニュースを不安そうに見詰めている。午前2時頃、20代女性が自宅アパートの前で刺殺されているのが発見されました。被害者は一人暮らしの大学生でした。警察は一人暮らしの女性を標的に、監視カメラの死角で犯行に及んでいることから、最近の殺人事件との関連があると見て捜査しています。警察は女性に対して夜間の外出を避け、不審者を見つけた場合には通報するよう求めています。
【第1章『M』】
ヒョンジョンがキッチンで皿を拭いていると、チャイムが鳴る。ヒョンジョンが玄関モニターを見る。男(이문식)がカメラに背を向けていた。どちら様? 警報器の点検だ。何の警報器? 火災警報器だよ。聞いていませんけど。ムカつくなあ。このアパートはどうなってんだ? おんなじこと言われて、あんたんとこで5軒目だ。どうすればいいですか? ドアを開けてくれよ。早いとこ仕事終えて帰りたいんだよ。あんたんとこが最後なんだ。扉をドンドン叩く音が響く。ヒョンジョンが玄関に向かい、扉を開ける。下の階のおばちゃんには30分も入れてもらえなかったんだ。男がドアに足を掛ける。おお、美人だね。ヒョンジョンを見てニヤつく。5分で終わるから。計ってくれてもいい。男はずかずかと室内に入っていく。良い匂いがするなあ。男は疲れたと言ってソファに腰を降ろす。スパゲティかな。俺はスパゲティが好きなんだ。残ってないか? 冗談だよ。男は断わりもなく椅子を引き摺って運ぶと、キッチンの天井の警報器を確認する。一人暮らしなのか? 何ですって? 男がいる感じがしない。ヒョンジョンは椅子の上に立ち上がった男のズボンのファスナーが開いていることに気付く。男は椅子を移動させ、リヴィングの警報器を確認する。近くで殺人事件があったってな。ええ。殺しだよ。犯人、捕まってないんだろ。そうらしいですね。被害者は一人暮らしの女性だって。一人暮らしの女性を狙ってんのかも。なんでそんなにビクビクしてんだ? もう終わりました? まだ5分経ってない。男はヒョンジョンがドアを閉めておいた寝室に入る。何か問題があるんですか? 男はベッドの上に拡げられた黒い衣装を見てニヤついていた。警報器は正常じゃないんですか? さてなあ。外してみないことには。外して確認してみよう。男はガムを噛んでクチャクチャ音を立てながら、器具を外す。男がヒョンジョンに近付く。怖い? いいえ。早く終わらせてもらえます? 友達が来るの。友達って? 恋人? ええ。来ないね、賭けてもいい。被害者はすごく美人だったんだってな。気を付けた方がいい。あんたはさ、一人暮らしで美人だから。ちょっと待ってな。用を足したら取り掛かるから。男は勝手にトイレに入る。ヒョンジョンは衣装箪笥からスタンガンを探し出し、部屋の明かりを消して廊下で男が出て来るのを待ち構える。

 

【第1章『M』】[2日目]
スタイリッシュなアパルトマンで一人暮らしをするヒョンジョン(최지우)は、近所で発生した殺人事件の報道をテレビで確認した。被害者は一人暮らしの女性で、自宅アパルトマンの近くで刺殺され、犯人はまだ捕まっていないという。ヒョンジョンの部屋に火災警報器の検査だと言って男(이문식)が訪ねてきた。検査について知らされていないと断ろうとするが、男は既に4軒で同じ様な対応をされ、階下の女性には30分も待たされたと愚痴り、ここが最後だからさっさと切り上げて帰りたいと言う。ヒョンジョンはやむを得ず男を部屋にあげる。男はヒョンジョンが美人だとニヤつき、勝手に荷物を降ろしたりソファに腰かけたり、椅子を脚榻代わりにして作業を始める。男はガムをクチャクチャ言わせながら、近隣で発生した殺人事件を話題にして、一人暮らしの美人は気を付けた方がいいと言う。5分で出て行くと言った男が用を足してから作業すると言ってトイレに入ると、ヒョンジョンは仕舞ってあったスタンガンを取り出し、部屋の明かりを消して男が出て来るのを待ち構えた。男がトイレから飛び出して、ヒョンジョンに襲いかかった。思わずヒョンジョンは手にしていたスタンガンを落としてしまう。ヒョンジョンは壁に押し付けられ男に首を絞められる。
【第2章『ドゥ・ザ・ライト・シング』】[3日目]
スンジン(정동원)は中学生。ソウル大に進んだ兄と姉を持つが、スンジンは成績が安定しない。スド学習塾で先生(조현우)から進学校入学のためには内申点を稼ぐ必要があるとヴォランティア活動するよう申し渡される。バス停で帰りのバスを待つ間、車椅子の車輪が嵌まって老女(이주실)が動けなくなっていた。友人たちが人助けで英雄気分を味わった話で盛り上がっていたこともあり、スンジンは老女を手助けしてやる。老女が電話で家まで数分だと話すのを聞いたスンジンはバスまで時間があるので老女を送り届けてやることにした。塾の帰りかと訪ねられたスンジンは、優秀な兄や姉のようにはなれないと溢す。少年よ大志を抱けと老女から励まされる。将来獣医になりたいとスンジンが言うと、老女はポメラニアンが仔犬を産んだから1匹分けてあげようとスマートフォンで仔犬の写真を見せる。老女の家は近々取り壊しが予定されている廃墟と化した集合住宅にあった。スンジンは戸惑うが、老女に仔犬を受け取るように促され、車椅子を押して建物の中へと入って行った。
【第3章『殺しのドレス』】[1日目]
ヘギョン(예린)はコンビニで飲み物を買っているとき、マッティング・アプリで相性88%のウンサン(하경)から連絡が入り、ダイニングバーで会うことになった。お互いの印象は悪くなかったが、ウンサンの別のスマートフォンにマッチングの通知が入る。ヘギョンが2台持ちで女を漁ってるとウンサンを詰ったため、ウンサンも激昂して罵倒する。ダイニングバーにはヒョンス(이유미)もマッチングアプリで相性88%の男が現われるのを待っていた。彼氏と別れ、寂しさを紛らわせたかった。友人のミヨンからはマッチングアプリで会った男に女性が殺害された記事が送られ、注意を促された。男はなかなか姿を現わさず、ヒョンスにだけ目印となる持ち物を尋ねてきた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

6章構成。各章には映画から取られた題名が付されている。第1章には1931年のドイツ映画『M』、第2章には1989年のアメリカ映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』、第3章には1980年のアメリカ映画『殺しのドレス』、第4章には2018年の韓国映画『Be With You~いま、会いにゆきます』、第5章には1960年のイギリス映画『血を吸うカメラ』、第6章には1985年のスウェーデン映画『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』。
第4章『Be With You』[3日目]では大学生のフン(최민호)が飲料の自動販売機で見つけた手紙に導かれて夜の街を彷徨う。第5章『血を吸うカメラ』[2日目]では、引き籠もりのキジン(표지훈)が隣に暮らす美しいヘヨン(황승언)に心を奪われて盗撮を重ねるうち、突拍子も無い行動に出る。第6章『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』[1日目]ではミュージシャンを志すヨンジン(하다인)がコンビニエンスストアのアルバイトで悪質な客の対処に疲弊する。
全ての章に死が絡む。
章の順序と時系列とは一致してない。見ていくうちに徐々に登場人物の関係が明らかになる。
マッチングアプリで繋がるのは恋人や結婚相手だけではない。犯罪者をも引き寄せる。ネットは今までは繋がりが無かった人同士を結び付ける。だがネットでなくとも、人々は様々に出遭う可能性を有していた。手紙で、店で、親切心で。
占いは一種の統計学であるなら、膨大かつ詳細なデータを収集・分析すれば、最適な人間関係を導き出すことができるだろうか。
ネットやコンピューターにより、人間の様々な性格が増幅されている。ニューノーマルは旧来の関係性からの逸脱ではなく、延長線上にある。
冒頭のロボット型クリーナーを始め、登場人物の足元が印象的に映し出される。床、地面、足場とは基準を示す。正常と異常とは何を基準に判断されるのか。異常も常態化すればニューノーマルである。
第2章のスンジンは結果的には誰かの役に立つだろう。もっともそれがヴォランティアではなく強制によるのが、ヴォランティアで点数稼ぎをしたスンジンにとって皮肉である。
第6章の主人公ヨンジンは、映画『ドラゴン・タトゥーの女(The Girl with the Dragon Tattoo)』(2011)でRooney Maraが演じたリスベットを連想させるイメージ。、もっとも特殊能力の持ち主ではなく、社会に対して中指を立てつつ、コンヴィニエンスストアの店員として堅実に仕事をこなす。その仕事こそ「モンスター」相手の戦闘なのだ。

小物でありながら悪辣であるジョンフンを演じた이문식が素晴らしい。
隣人ヘヨンに夢中になって暴走するキジン役の표지훈も見事。ヘヨンを演じたのは、山田杏奈を彷彿とさせる幼顔の황승언。キジンがおかしくなるのも頷ける魅力を放っていた。
하다인は都会の片隅に生きる戦士ヨンジンを体現して物語を引っ張った。