映画『#彼女が死んだ』を鑑賞しての備忘録
2024年製作の韓国映画。
103分。
監督・脚本は、キム・セフィ(김세휘)。
撮影は、パク・ソンジュ(박성주)。
美術は、イ・ジェソン(이재성)。
編集は、キム・ジョンフン(김정훈)。
音楽は、イ・ジス(이지수)。
原題は、"그녀가 죽었다"
ク・ジョンテ(변요한)が身支度を整え部屋を出てバスに乗る。隣に坐る男子高校生のスマートフォンを気付かれないように覗き見る。バスを降り、歩いてハンビ不動産へ。拭き掃除をした後、デスクでPCに向かう。公認仲介士のク・ジョンテは、「仕事を愛せ」をモットーに、評判を何より大切に不動産仲介業を営む。オンラインでは「アリパパ」名義で不動産投資のアドヴァイスを行い人気を博している。今朝も「アリパパ」が質問に答えると役立つ情報だと賞賛コメントが多数寄せられ1人悦に入っていた。いいもの見てたんですか? 従業員のシヒ(심달기)がぬっと画面を覗き込む。今朝は早いね。昨日も早かったですけど。坪単価のレポートは? 締切り、今日でしたっけ? 先週言っておいたはずだが。今日中に終わらせます。
坂道に立つガレージのある家に向かう。カン・ミヨンとノ・ユンソンが言い争いをしながら出て来る。夫が勝手に新車を購入したために妻と険悪な関係になっていた。クジョンテは手袋を嵌めて夫婦の家の玄関に向かう。合鍵を使って家に侵入するとあちらこちらを見て廻る。抽斗を開けて新車の鍵を確認。戸棚を開けると蝶番が壊れている。工具を用いてさっと直す。駄賃代わりに手紙を1通手に取ると、壁を背景にインスタント写真を撮る。
ク・ジョンテは古いアパルトマンに車を走らせる。地下にある倉庫で先ほど撮影した写真を確認する。様々な色の壁紙から同じ色味のものを選んでカットする。台車に食器を並べると棚の隠し扉を開く。壁一面に剃刀、縄跳び、ルービックキューブなどこれまでに採取した品々が採取場所の部屋で撮影した写真とともに飾られていた。ク・ジョンテは今作成したばかりの手紙をコレクションに加え、ワインを口にしながらじっくり眺める。
夜、コンヴィニエンスストアの窓辺にあるカウンターで、ク・ジョンテはスナックを囓りながら道行く人を眺めている。インフルエンサーのハン・ソラ(신혜선)を初めて見かけた場所だった。5ヶ月前、ク・ジョンテが1人でインスタントラーメンを啜っていると、目を惹く女性が店に入ってきた。彼女は隣の席でフランクフルトを頬張りながら、ヴィーガンサラダの写真を昼食として投稿していた。興味を惹かれたク・ジョンテは早速彼女を尾行することにした。人通りがなく附近に監視カメラもない、女性の1人暮らしには不向きと思われる路地に立つアパルトマン、その3階へと彼女は帰った。ク・ジョンテは玄関ホールの郵便受けからDMを取り出し、彼女の名がハン・ソラであると知る。早速彼女のSNSを探し当てる。高級ブランドのファッション、高級レストランの食事、お気に入りの作家の展覧会などの写真が投稿されている。だが古い投稿に遡ると、孤児や遺棄された犬との写真が並んでいた。全くの別人のようだった。彼女の投稿には好意的な評価が寄せられ、多くのコメントが付いていた。世間が好感を持つ内容の投稿ばかりだからだ。ク・ジョンテは彼女の本当の顔を知りたいという思いに駆られて観察を開始し、142日目を迎えていた。
公認仲介士のク・ジョンテ(변요한)は「仕事を愛せ」をモットーに信用第一でハンビ不動産を営む傍ら、オンラインでは「アリパパ」名義の不動産投資相談で人気を博している。他人の私生活を覗き見る背徳感と優越感とに喜びを感じるク・ジョンテは、店にある合鍵を利用して留守宅に侵入し、ちょっとした修繕の代わりに何かをくすね、壁を背に写真を撮る。自宅から離れた地下室の隠し部屋に窃取した品をその写真とともに壁に貼り付けて、蒐集品を眺めるのを至福の時間をとしていた。コンヴィニエンスストアのカウンターでフランクフルトを咥えつつSNSにネットで拾ったヴィーガンサラダの写真を昼食としてアップする美女(신혜선)に好奇心を抱き、尾行してインフルエンサーのハン・ソラであることを突き止める。贅沢な暮らしをひけらかす彼女の裏の顔を知りたいという欲求に衝き動かされ、彼女の部屋のドアの解錠を試みるが上手くいかない。ところが幸運なことにハン・ソラ本人が部屋を売りたいとハンビ不動産にやって来た。内見を理由に部屋に侵入できるとク・ジョンテは歓喜する。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
冒頭、監視カメラ増設のニュース音声が流れる。誰もが静止画でも動画でも簡単に撮影・監視できるということは、誰もが容易に撮影・監視されるということでもある(見られるの助動詞「られる」は可能とともに受け身も表すのであった)。便利な機器やテクノロジーは、常に悪用される可能性がある。
ク・ジョンテは部屋の壁ににカーテンをかけた飼育ケースで蟻を飼っている。アリの巣の内部を眺めることができる。ク・ジョンテがハンビ不動産の顧客の部屋を合鍵を使って出入りして私生活を盗み見ていることとパラレルである。
ク・ジョンテが他人の私生活を覗き見て喜ぶ要因は優越感である。ク・ジョンテだけが相手の私生活を知悉しているという情報の非対称性が、ク・ジョンテに権力を付与するのである(ク・ジョンテの地下室のコレクションは、情報という無形の資産を可視化したものと言えよう)。権力者たるク・ジョンテは、他人の営みを愚かなものとして見下すのである(ク・ジョンテは、バス内で男子高校生のやり取りするメッセージを盗み見て下らないと思う)。窃視の背徳感や窃視を知られてはならない(信用を失う)という緊張感もク・ジョンテを住居侵入の虜にさせていよう。ク・ジョンテは侵入先で簡単な修繕を行うことで窃視や窃盗の代価とし、自らの行為の正当化する。
ハン・ソラは広く共感を呼び起こす類のコメントや写真だけを投稿する。ハン・ソラに投げ銭する人たちは、ナラティヴを消費している。すなわち世間は感動ポルノを愛好して止まないのである。
ク・ジョンテのナレーションにより物語が進行することで、鑑賞者はク・ジョンテの眼差しを共有するる。その眼差しの解体が本作品の肝であり、ガラス板やアクリル板の破壊という形で表象されることになるだろう。