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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 利部志穂個展『言霊のさきわう地 天照、へリオス、カーネの夢』

展覧会『利部志穂個展「言霊のさきわう地 天照、へリオス、カーネの夢」』を鑑賞しての備忘録
CADAN有楽町〔Space L〕にて、2024年6月25日~7月14日。

自然現象、人、天体をモティーフとしたアルミニウム素材の立体作品を中心に、映像作品《The Hero's Journey 昼と夜の間》・《米―キッチンでホックニー》、絵画《風と水の精》・《階段》を併せて展示する、利部志穂の個展(KYOKOYUKIの企画)。

宙に浮く作品として、以下のものがある。《水平考 ジレンマと風》は銀色の風船が浮かび、そこから垂れる金色の糸が"し"や"U"の形状の重りで抑えられている。《水・気》は5mほどの長さの透明なビニールチューブが壁から別の壁へと、途中で天井に吊り下げられる形でW状に張ったもの。《波・雲の形》は、透明な輪、その下に、白い絵具を塗った透明な板、さらに青いプラスティックの板などが吊り下げたモビール。《ヘリオスとヴィーナスの惑星》はアルミニウムの薄板を折ったり曲げたりしたもので天井から吊されている。《言霊う》は天井から吊された青緑のリボンに"D"や"P"など複数の文字を取り付けた作品。
壁に取り付けられた作品には、"И"と"S"とで不定形の塊とで構成されるアルミニウム作品《Magnetic Force》、折り曲げた網と"H"などを組み合わせた《Wave H》、折り曲げた網と"P"などを組み合わせた《Mask 1》、青いプラスティックと黒いフェルトに"И"を組み合わせた《Planet N》がある。
床にはアルミニウムでできた不定形の彫刻「Planet」シリーズが置かれている。例えば、文字とそれを乗せる板のような形状の《Planet Ⅷ》、湧き上がるように自立する《Planet Ⅶ》、プラスティックの台座上にアルミニウム片を載せた《Planet △》などである。壁に立て掛けた作品として、黄色く塗った透明の板とアルミニウムの円を棒で繋いだ《太陽と月》や、折り曲げた紙と針金で構成される《Human S》もある。窓際の台には針金を折り曲げて立つ人を表わした《Human A》と《Human Z》とが並んでいる。
説明の便宜のために、大きく吊された(宙に浮く)作品、壁に掛けられた作品、床や台に置かれた作品に分類したが、種々の作品は全体でインスタレーションを構成しているものと思料される。
《水・気》は"W"状に吊された透明のチューブの作品である。上下の動きは水や空気の対流を示す。金属の網で波を表現する《Wave H》も水や空気の動きを表わすものと考えられる。水・気の対流は自然現象(の要因)である。その1つの現れとして《波・雲の形》がある。空に浮かぶ雲と海・湖沼・河川の波とは同じ水の変化であり、輪は循環すなわち対流示す。
「Planet」シリーズは主に地面に置かれている。アルミニウムを素材としている共通性があるものの、文字を載せた器のようなものから人物像のようなものまで同一シリーズとは思えないほど多様な形をとる。アルミニウムの金属光沢は、惑星(Planet)が太陽(恒星)の光を受けていることを表わすのであろう。《太陽と月》がその関係性を示唆する。太陽からの光のエネルギーにより生きる人間(Human)は、惑星(Planet)のアナロジーとなる。ならば光を受けて輝く銀色の風船《水平考 ジレンマと風》はやはり人間でも惑星でもあり得る。「Planet」が人でもあるのなら文字とともに構成されて当然であろう。惑星・人だけではない。自然現象もまた光エネルギーがあってこそ惹き起こされる(因みに、"N"、"S"、円(?)で組み合わされた《Magnetic Force》は両極と地球との組み合わせであり、磁気バリアの象徴と考えられる)。開闢を仮にビッグバンに限るとして、人間・惑星・自然現象とは同根なのだ。
宇宙・生命・自然現象の表現の随所に姿を見せるのが文字である。とりわけ天井から吊された青緑のリボンに結び付けられたアルミニウムの文字による《言霊う》が典型である。「Planet」シリーズの文字に対し、文字が宙に浮いている。それは発された言葉である。嬰児(みどりご)のように生まれて間もないために青緑のリボンに結びついている。リボンで吊されるのは揺れるからである。揺れとは振動である。発された言葉は空気を震わせることを示す。振動もエネルギーである。言葉は変化を生む光に等しい。キリスト教では言葉は光とされているのであった。言葉は光とともに、世界を動かすのである。地球は時速1500kmで自転し、時速11万kmで公転する。のみならず、宇宙は膨張を続けている。全ては運動しているのである。車や電車に乗っている時とはスケールが極端に異なるために気付かないに過ぎない。《水平考 ジレンマと風》はその世界を映し出す鏡であり、また浮遊する世界そのもののメタファーである。この思念を可能にするのは言葉である。