映画『ウィキッド ふたりの魔女』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
161分。
監督は、ジョン・M・チュウ(Jon M. Chu)。
原作は、グレゴリー・マグワイア(Gregory Maguire)の小説『ウィキッド 誰も知らない、もう一つのオズの物語(Wicked)』。スティーブン・シュワルツ(Stephen Schwartz)とウィニー・ホルツマン(Winnie Holzman)のミュージカル『ウィキッド(Wicked)』。
脚本は、ウィニー・ホルツマン(Winnie Holzman)とデイナ・フォックス(Dana Fox)。
撮影は、アリス・ブルックス(Alice Brooks)。
美術は、ネイサン・クロウリー(Nathan Crowley)。
衣装は、ポール・タズウェル(Paul Tazewell)。
編集は、マイロン・カースタイン(Myron Kerstein)。
音楽は、ジョン・パウエル(John Powell)とスティーブン・シュワルツ(Stephen Schwartz)。
原題は、"Wicked: Part Ⅰ"
西の悪い魔女が女の子の掛けたバケツの水により溶けてしまった。西の悪い魔女の居城から翼の生えた猿たちが飛び去って行く。オズの世界から城を孤絶させる瀑布を越えると、彼方にエメラルドに輝く城が見える。女の子が率いる奇天烈な一団が城に向かって黄色い煉瓦の道を意気揚々と歩いている。
マンチキンランドでは子供たちが西の悪い魔女が死んだと触れ回る。住人たちが朗報に歓喜して広場に集まったところへ、南の良い魔女グリンダ(Ariana Grande)が姿を現わした。オズの皆さん、はっきり言っておきます。西の魔女は死にました。住人たちが歓声を上げる。幼い少女がグリンダに質問する。なぜわるいことがおこるの? それはいい質問ね。答えに困ってしまう問題。人は生まれつき悪い性質を持ち合わせているのかしら? それとも悪くなってまうのかしら? 悪い魔女にも子供だったことがあったの。彼女の父親(Andy Nyman)はマンチキンランドの総督でした。彼女にも母親(Courtney-Mae Briggs)がいました。他の家族と同じように彼女の家族にも秘密がありました…。
父の不在時に母は男を家にあげた。妻は男から薦められた緑のエリクサーを口にする。後に妻が出産すると肌が緑の赤ん坊エルファバが産まれた。気味が悪いと熊の乳母ダルシベア(Sharon D. Clarke)に赤ん坊を委ねる。成長したエルファバ(Karis Musongole)は緑の肌であることを理由にいじめられる。怒りに駆られると、エルファバは周囲のものを浮遊させる能力を発揮した。母は妹ネッサローズ(Cesily Collette Taylor)の出産後に亡くなり、父は生まれつき脚の不自由なネッサローズばかりを可愛がる。エルファバはネッサローズにオズの魔法使いについて語って聞かせる。エメラルドの街を建設した魔法使いに会うことができたならどんな願いでも叶えてもらえると。
マンチキンランドの広場では、西の魔女の人形を焼いて、お祝いはクライマックスを迎える。グリンダが出発しようとすると、少女が質問する。あなたが西の魔女の友達だったというのは本当ですか? そう。彼女のことは知っていました。かつては縁があったんです。学生時代、昔の話ですが…。
ガリンダ・アップランド(Ariana Grande)がピンクでコーディネイトされた大量の荷物とともに舟でシズ大学へやって来た。見送りに来た父(Adam James)と母(Alice Fearn)に別れの挨拶をする。両親は僕が家を出たことさえ知らないよ。青年(Ethan Slater)がガリンダに声をかけた。僕ボック。マンチキンランド出身。お互いのことよく知らないのは分かってるけど…。ビック、見知らぬ人って、これまでに会ったことが無かったってだけなのよ。微笑んで立ち去るガリンダにボックが見蕩れる。合唱団の歌声に引き寄せられて青い制服の生徒たちが広場に続々と集まって来た。新たに舟で到着した黒い服の女性(Cynthia Erivo)を見た生徒たちは驚いて場所を空ける。彼女の肌がカエルのような緑色をしていたからだ。まるで海を断ち割るかのように歩んだ彼女は、合唱団の声に美声を合わせていたガリンダの真後ろに至る。ガリンダも異様な気配を感じて振り返り、驚く。何見てるの? …ただ緑色をしているから。その通り。船酔いをした訳じゃない。子供の頃に草を食んでいた訳でもない。生まれつき緑なの。そんな風に生まれついたなんて残念ね。そうなの? そうよ。私は魔術を専攻するつもりなの。だから、いつか取り組めたらと思うの、問題に。…問題。お役に立てると思うわ。2人の話に注目していた周囲の学生達が拍手喝采する。調子に乗って髪の毛を振り回すガリンダ。まだ手に入れてもいない能力で助けを申し出るなんて、誰しも感銘を受けること請け合いね。他人にどう思われるなんて気にしないわ。それは疑わしいわね。そのときエルファバの父親(Andy Nyman)がネッサローズ(Marissa Bode)の車椅子を押して現われる。私の妹、ネッサローズよ。問題のない肌の色をしてるわ。父親はエルファバに人目を惹くんじゃないと叱る。父親は入学祝いだとネッサローズに宝石で飾られた靴をプレゼントする。お母さんの形見ね。お前がどれだけ美しいか足先まで見てもらおう。ありがとう、お父さん。父親は舟に荷物を取りに行く。あんな態度をとるべきじゃ無かったわ。あなたの門出ね。友達、学業、楽しみね。寂しくなるわ。そんなことない、楽しい時間を過ごせる。鐘が鳴らされ、新入生に集合するよう呼びかけられる。戻ってきた父親がネッサローズの車椅子を押そうとするが、姉妹は1人で大丈夫と言う。ネッサローズは車椅子で進む。帰りましょう。妹と残れ。何言ってるの? 落ち着くまで世話をしてやってくれ。彼女なら1人でやれるわよ。口答えするんじゃない! 私の言うとおりにしなさい! もし何かあったら…。やむを得ずエルファバは妹の後を追う。
オズの世界。西の悪い魔女が死んだというマンチキンランドに伝えられた噂は、南の良い魔女グリンダ(Ariana Grande)によって裏付けられた。歓喜にわく住人達は歌い踊り、魔女の人形を焼いてお祝いした。なぜ悪が存在するのか、かつて西の悪い魔女と友達だったのかと質問を投げ掛けられたグリンダは、シズ大学で知り合った西の悪い魔女エルファバについて語る。
エルファバはマンチキンランドの総督(Andy Nyman)の娘。母親(Courtney-Mae Briggs)が間男に勧めれたエリクサーを飲んだためか、緑色の肌で生まれた。気味が悪いと父親によって熊の乳母ダルシベア(Sharon D. Clarke)に預けられた。次に生まれる子は肌の色が白くなるようにとオシロイバナを飲み続けた母は、脚の悪いネッサローズを出産後に亡くなってしまう。ガリンダ(グリンダの本名)がシズ大学に入学した際、ネッサローズ(Marissa Bode)は同級生で、父親の命令でエルファバ(Cynthia Erivo)がお目付役となった。入学式では、歴史学教授のディラモンド(Peter Dinklage)、魔法学部を率いるモリブル教授(Michelle Yeoh)などが教員が紹介された後、学生寮の部屋割りが発表された。ガリンダはゼミに入れて欲しいとモリブル教授に売り込むが素気なく断られる。コドル校長(Keala Settle)がスロップ総督の娘の面倒を見ると緑色の肌のエルファバを無視してネッサローズを連れ去ると、エルファバの魔力が発動してしまい、ネッサローズを取り戻す。エルファバの能力に喫驚したモリブル教授は個人的に指導した上でオズの魔法使いに仕える大臣に推薦するとエルファバに告げる。他人からの、しかも高名なモリブル教授から期待を寄せられて舞い上がるエルファバは、モリブル教授に近づく野心を抱くガリンダの部屋に同宿することに。嫌われ者のエルファバと人気者のガリンダとがライヴァル心を剥き出しに対立する奇妙な学園生活が始まった。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
『オズの魔法使い(The Wonderful Wizard of Oz)』に登場する西の悪い魔女を主人公にしたミュージカルの映画化作品。なお、邦題では明確にされていないが、2部作の前編である。
歴史学の講義。ヤギの教授ディラモンドは「ガ」リンダと発音できず「グ」リンダ」と言ってしまう。ディラモンドによれば、かつてはシズ大学には大勢の動物の教授がいて、方程式を解いたり、韻文を解釈したりしていたという。ところが旱魃で食糧不足が起きてから動物を排斥する風潮が生じた。ディラモンドが黒板を使って説明しようとすると、「動物は見せ物で語る資格はない」との落書きがあった。激昂したディラモンドは授業を中止する。動物差別に悲憤したエルファバは、状況改善を目論む。
シズ大学にウィンキーの王子フィエロ・ティゲラール(Jonathan Bailey)が編入してきた。乗馬とダンスに明け暮れるフィエロは学生たちを遊びに誘惑する。眉目秀麗なフィエロにすぐに夢中になるガリンダ。フィエロもガリンダを見初めるが、動物を守ろうとするエルファバも気にかかった。ボックはガリンダに夢中だが、ガリンダにネッサローズに付き合うよう仕向けられる。
エルファバは自らの肌の色のために他人からだけでなく両親からも疎んじられた。ネッサローズが生まれつき脚が不自由なのは肌の色が緑にならないように母がオシロイバナを飲んだためであり、自らの責任だと思っている。そんなエルファバが魔法学の権威モリブル教授に真価を認められたことはどれだけ気分を高揚させることになったことか。
他人からの蔑みは重力のように常にエルファバにのしかかる。エルファバの魔術が浮遊なるのは、作用に対する反作用に擬えられるもので、自ら押え付ける「重力」に抗する力の象徴である。
歌と舞踏の組み合わさったミュージカルの力はそれこそ魔術的で、鑑賞者に強く訴えかける。モリブルがエルファバに魔術の能力は適切に使用しなくてはならないと諭していたが、ミュージカルの力もまた善にも悪にも利用可能なのだ。その点、西の悪い魔女を葬ったと浮かれ騒ぐマンチキンランドの住人は単純で愚昧である。だが、ミュージカル映画に容易に心動かされる観客こそ、マンチキンランドの住人に他ならない。悪もまた善に転じ得るということ――逆もまた然り――に思いを致す必要がある。
(以下では、結末についても言及する。)
自らが差別されてきたエルファバは、ディラモンドら動物を排斥する風潮に敢然と立ち向かう。いつかオズの魔法使いにあったら願いを叶えてもらうことを夢見ていたエルファバは、肌の色ではなく、動物の救済を願うのだ。だがオズの魔法使いは詐欺師であり、モリブル教授と組み、人々の不満を反らすために動物を敵に仕立てていた。エルファバは怒りを爆発させることになる。
ミュージカル映画『グレイテスト・ショーマン(The Greatest Showman)』(2017)の"This Is Me"に通じるテーマを扱っている。
Ariana Grandeの歌唱はもとより、その見事なコメディエンヌが印象に残った。