可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『美しい夏』

映画『美しい夏』を鑑賞しての備忘録
2023年、イタリア製作。
110分。
監督・脚本は、ラウラ・ルケッティ。
原作は、チェーザレ・パベーゼの小説『美しい夏[La bella estate]』
撮影は、ディエゴ・ロメロ・スアレス・リャノス。
美術は、ジャンカルロ・ムセッリ。
衣装は、マリア・クリスティーナ・ラ・パローラ。
編集は、シモーナ・パッジ。
音楽は、フランチェスコ・チェラージ
原題は、"La bella estate"。

 

1938年トリノ。ジニア(Yile Vianello)がアパルトマンの階段を慌てて下りる。カステッロ広場を駆け抜け、トラムに飛び乗る。
守衛に挨拶して高級仕立服店に入る。ガラス張りの渡り廊下を抜け、更衣室で黒い制服に着替える。アームピンクッションが床に転がり落ちたのを拾って留め直す。髪をピンでひっつめにする。経営者でデザイナーのジェンマ(Anna Bellato)に挨拶して持ち場に向かう。布の切れ端を何種類か見繕い、レースのトップスを制作中のトルソーに向かう。
夜、部屋に戻る。起きてるの? クタクタだよ。コルソ通りの街灯の修理を手伝った。大学に通う兄セヴェリーノ(Nicolas Maupas)が愚痴を溢す。ソファを汚さないでよ。母さんに手紙を書いたわ。兄さんの名前も入れておくから。ありがとう。投函して。ああ。ジニアが食事を終えると、ベランダでセヴェリーノが猫に餌をやっていた。実家にいたのと似てるよ。
ジニアはセヴェリーノとともに森を抜け、湖畔にピクニックに行く。気を付けて。兄が妹に手を貸す。子供扱いしないで。フェルッチョ(Federico Calistri)らの姿があった。ローザ(Cosima Centurioni)とピノ(Matteo Accardi)もやって来た。ジニアがローザに駆け寄る。ピノはお金を返してくれたの? いいえ。でも、牧草地に連れて行ってくれるって。皆がピクニックシートを拡げて腰を降ろす。ローザはピノといちゃついている。なんでローザはいつも笑ってるんだ?ピノのせいよ。アメリア! フェルッチョがボートに向かって大声で叫ぶ。ボートのアメリア(Deva Cassel)も手を振って応えた。待ってて、飛び込むから。泳げるの? アメリアは上着を脱ぐと下着姿で水に飛び込み、平泳ぎで湖岸にやって来た。ローザらが呆気にとられて見ている。素晴らしい登場だ。フェルッチョがシーツを掛けてやる。寒くない? 大丈夫。みんな、アメリアだよ。お酒がないなんてことはないわよね。フェルッチョがワインのボトルを渡すとアメリアが瓶から直接飲む。ねえ、煙草ある? ジニアがアメリアに尋ねられる。吸わないの。残念ね。フェルッチョが煙草をアメリアに渡して、火を点ける。アメリアがフェルッチョに凭れて寝そべる。マッシモ(Gabriele Graham Gasco)がせがまれてギターを爪弾きながら歌い出す。♪恋する少女 ♪夕べ君の夢を見た…。皆も一緒になって歌う。
まだ誰も出社していない早朝の職場でジニアが1人トルソーに向かって作業している。ジェンマが入ってくる。早いわね。ジェンマはトルソーの服を見る。あなたが作ったの? はい。業務時間中には作業していません。生地も端切れを使っています。型紙もあなたが? はい。ジニアが前立てのように着けようとして迷っていた帯をジェンマが受け取ると、肩の位置に仮止めする。どう? 流石です。仕上げなさい。但し、顧客の注文が最優先よ。
バール。カウンターでエスプレッソを飲んだジニアがバリスタ(Leonardo Conte)に会計を頼む。何か食べます? 結構です。自慢のデザートがあるんです。おいくら? ご馳走しますよ。微笑んでくれるなら。要らないわ。小銭を落としてしまい拾おうとしゃがんだところへアメリアがやって来た。彼女の分は私が支払うわ。こんにちは。1人でバールに来るからよ。一緒にどう? 帰ります。ちょっと待ってて。アメリアは連れの男性に友達に会ったと断わりを入れる。
ジニアがアメリアと連れ立って歩く。遠いの? すぐ傍よ。名前はなんだっけ? ジニア。どこからの帰り? 職場、仕立て服の工房。私の衣装は気に入った? ええ。私もあなたと同じように仕立て服の工房で働いたことがあるの。自分で服を作ることもできるわ。誂えたものが一番魅力的よね。それなら新しい服を作ってよ。縫製は? 絵画モデルなの。何をするの? 顔とか、横顔とか、坐ったり、寝そべったりして描いてもらう。裸も? すごく勉強になるのよ。芸術家たちの話が耳に入るから。裸の時に他の画家が入って来ることはある? モデルはじっと動かないのが上手でないと。まるで彫像みたいにね。こんな感じ。アメリアがポーズを取る。

 

1938年。ピエモンテ州の貧しい農家出身のジニア(Yile Vianello)は、大学生の兄セヴェリーノ(Nicolas Maupas)とともにトリノで倹しく暮らしている。裕福な子弟の多い大学の水が合わず、セヴェリーノは文学に対する意欲を減退させていた。ジニアは生活を少しでも良くしようとジェンマ(Anna Bellato)の高級仕立て服店で賢明に働き、デザイナーとして頭角を現わそうとしていた。ジニアが兄や2人と親しいローザ(Cosima Centurioni)らとともに湖畔のピクニックに出かけた際、フェルッチョ(Federico Calistri)からアメリア(Deva Cassel)を紹介される。官能的で自由に振る舞うアメリアに、奥手のジニアは憧れを抱く。絵画モデルのアメリアに芸術家たちの夕べに連れて行かれたジニアは、画家のロドリゲス(Adrien Dewitte)を紹介され、ロドリゲスのアトリエを訪問した際、アトリエを共有する画家グイド(Alessandro Piavani)と知り合い、恋に落ちる。

(以下では、全篇の内容についても言及する。)

ジニアが兄セヴェリーノと倹しく暮らす部屋には色味が無い。また、ジェンマの高級仕立て服店では顧、客や商品を引き立たせるため、ジニアらは黒い地味な制服に身を包んでいる。それに対してアメリアは、鮮やかな赤い服を身に付けている。乗っていたボートから上着を脱いで水に飛び込み岸まで泳いでくる登場から、アメリアはジニアに鮮烈な印象を与えた。
ローザからは慌てる必要はないと言われるが、ジニアは性交渉に対する焦燥感を抱いている。ジニアはグイドに興味を持ち、念願のセックスに及ぶ。ところが、実際の性行為はジニアが思い描いていたものとは異なっていた。ジニアの違和感が中途からグイドが果てるまでの間、音声が途切れる形で示される。
アメリアはジニアがグイドと交際することを快く思っていない。グイドに嫉妬するのだ。アメリアはジニアと公園を散策した際にキスをする。ジニアの反応からジニアもまたアメリアに好意を抱いていることが明らかとなる。ダンスホールでは医師(Andrea Bosca)の誘いを断ってジニアと踊る。2人が踊るうち、いつしか音楽が途切れる。ここでは、ジニアとグイドの時とは対照的に、2人が互いに夢中になり、官能的な時間を過ごしていることが示される。
アメリアは梅毒に罹患し、ジニアには相応しくないと、ジニアと距離を置く(感染源はロドリゲスではなく女性であるという)。だが、ジニアは却ってアメリアに対する愛情を募らせる。ジニアが絵画モデルを務めるのは、アメリアのような存在になること、延いてはアメリアと一体化したいという願望の現れだ。ジニアは、アメリアが自らの分を弁えて身を退こうとすることを許そうとしない。アメリアに平手打ちを食らわして目を覚まさせ、ジニアが憧れるアメリアであるままに、自分の欲望に素直に従って欲しい――自分と付き合って欲しい――と暗に訴えるのだ。